初日

四月一日(金)晴後陰後雨。夜寒し
本社出勤第一日目である。廣報室勤務で社史編纂に携るといふ、窓際族の王道を行く職務である。研究所から送つた文具や書類を新しい机の抽斗に収め、主だつた關聯部署に着任の挨拶をして廻り、セキユリテイカードの爲の寫眞撮影などして午前中が終る。誰とも喋る氣になれず一人で晝食を食べに出て、水と珈琲を買つて席に戻る。僅かな時間午睡を爲し、午後は室長と打合せの他総務關係の雑務など。印刷複合機の使ひ方を始めとして勝手の違ふことばかりで、何をするにも手間が掛り疲れること夥しい。一日がとても長く感じられ、心細さと孤獨を感じる。小學校に上がつた時にも似た、不安と悲哀の混じつた氣持ちである。新しいスタートに際して晴れがましさとか期待を感じるのではなく、心細さとはかなさを感じてしまふ性向は變はらぬものであるらしい。嘗て余は「入つた途端、しまつたと思ふ。それも必ず。それが學校」といふアフオリズムめいたものを書いたことがある。それと似た思ひがある。その一方で研究所の同僚たち、特に女性たちが如何に余に優しく接してくれてゐたかを全身で實感して涙が浮かぶ。此処では余は卑小な一介の轉任者に過ぎず、誰も氣にも留めないのである。疲れきつて定時少し過ぎてから退社。余はこの場所でやつてゆけるのであらうか。