2012-09-01から1ヶ月間の記事一覧

颱風接近 

九月三十日(日)晴後陰夜になりて風雨強まる 七時起床。着物にて九時半驛前の地球プラザなる施設に赴く。家人が参画する日本語を教へるボランテイアの會の、生徒によるスピーチ大會が開催され、幕間の余興として余が尺八を吹く事になつたのである。華人、越…

紙片癈棄 

九月二十九日(土) 終日家に在り。書斎の整理を為す。既に上梓せし書籍執筆時に資料として複冩したものの内不要と認めし分を捨て、草稿やメモ、或は郵便物を処分す。中に學生時代の仏蘭西語試験解答用紙の如きものあり。思ひの他複雑なる文章を解讀し得たる…

奇遇 

九月二十八日(金)晴後陰 朝の電車の中で『評傳正岡子規』を讀んでゐて明治二十五年に至り、昨日書いた鳴雪翁と猿蓑の話が出て來た。其の年子規は初めて根岸に移り住んだと云ふ。驛に着いて改札に歩むうち會社の者の姿を認め挨拶を交すと、其れが幕臣榎本武…

俳句の縁 

九月二十七日(木)陰 内藤鳴雪著『鳴雪自叙傳』讀了。とびきり面白い一書であつた。幕末の松山藩に生まれた漢學を好む侍がご一新を経て役人となり、更に旧松山藩の東京での寄宿舎の監督となる。其処で松山出身の正岡子規を知り其の影響を受けて俳句を始め、…

書と紬 

九月二十六日(水)晴 歸宅すると古裂會から小包が届いてゐた。象山の書軸である。又、此の日は家人が鎌倉の古着屋で余の紬の着物を買つて歸つた。多少光澤のあるグレーの長着と羽織で早速着てみると裄丈が僅かに短いが他は丁度好く其のまま着られる。安価で…

新橋秋葉原 

九月二十五日(火)陰時々晴 早めに会社を辞し東海道線にて上京。新橋で下車し、SL廣場で開催中の古本市を覗く。松岡先生の『遊学』I巻II巻を各百圓で入手。又森銑三著岩波文庫『おらんだ正月』を三百圓で購ふ。廣場周辺では幸福實現黨といふ氣違ひ共がガ…

氣散じ

九月二十四日(月)晴 パート先で意に染まぬ事があつてくさくさした氣分が去らず、秋の憂鬱とでもいふべき心持の儘歸宅。竹を吹く氣にもなれず浴衣に着替へて小田原は佐倉の薩摩揚を肴に獺祭を呑みながら西松文一の黒髪を聴く。ふと思ひたつてユーチユーブで見…

脱稿

九月二十三日(日)雨 午前原稿の手直し。晝前家人と車にて出で茶の稽古に赴く。余は初めて濃茶の点前をやる。夕刻歸宅し再び原稿に向かふ。夕食後竟に脱稿。早速メールにて送付。何だか一寸氣が抜けたやうになる。執筆中は終へたらあれもしやうこれもやりたい…

彼岸

九月二十二日(土)陰 九時半過ぎ車にて家を出で澁滞の中三鷹の実家まで行き兩親を乘せ麻布十番長玄寺に墓参に往く。十番で晝食の後家人を六本木駅まで送り、再び澁滞の甲州街道を実家まで戻り兩親を降ろし自宅まで下の道を通り途中ガソリンを入れて歸る。程な…

昭和の本 

九月二十一日(金)晴 昨日古裂會からの封書と倶に書籍小包も届いてゐた。其れは日夏耽之介の『荷風文學』で昭和二十五年刊行の古書である。戰後の本なのだが紙質が一定でなかつたり、焼けや染みも結構ある上、もともと左程造本に凝つたものではなかつたのは…

象山の書 

九月二十日(木)陰、夜涼し 歸宅すると古裂會から封書が届いてゐた。開けてみると同會の第六十八囘オークシヨンに余が入札してゐた佐久間象山の二行書幅の落札の知らせであつた。同會は出展品の型録を送つて來てフアツクスで応札するといふやり方で、眞贋を…

印 

九月十九日(水)雨後陰 先日、注文してゐた石泉印泥箭簇が届き、けふになつて家人が原山先生より「冽仙」の雅印を受け取つて來た。篆書で印稿を原山先生にお願ひしたのだが、大變良い出來で滿足してゐる。此れで何時でも揮毫できる訳である。又、宮島詠士先…

虹 

九月十八日(火)晴時々雨 日中何度か驟雨あり。ざあーつと降つてすぐに止み、その後日が照るといふ目まぐるしさである。何度目かの雨の後青空が広がるのに氣附き急ぎ外階段に出てみた。期待通り東の空に巨大な虹が掛かつてゐる。ほぼ半円で、上の方は多少霞…

執筆及び予約 

九月十七日(日)陰時々驟雨 宿酔にて頭脳の巡り低調なれど終日家に在つて執筆に勤しむ。此の日乘は満寿屋の二百字詰原稿用紙(No.101)にペリカンのスーベレンM800で書き、「広告」誌より依頼されし原稿には同じく満寿屋の四百字詰原稿用紙(No.111)にモン…

映畫と尺八 

九月十六日(日)陰時々雨 七時起床。八時二十分家人と倶に家を出で横濱に往く。九時半より西口ムービルにて映畫「あなたへ」を見る。夫婦どちらかが五十歳以上ならば二人で二千円と割引になる。シニアになるのも惡くはない。昨日も地下鐡で一つだけ席が空い…

松竹文樂 

九月十五日(土) 晴 七時起床、余は絽の着物に着替へ家人ともども和装にて九時半前家を出づ。京浜東北線車中にて急に腹痛を催し櫻木町にて下車厠に駆け込み事なきを得る。友人と待合はせのある家人は横濱で降り、余は其の儘東京駅まで乗る。徒歩丸善四階松…

荷風と書棚 

九月十三日(木)晴 夏と変はらぬ暑さである。昨日より神先生が面白いと仰つてゐた加藤郁乎著『俳人荷風』を讀み始む。手練れの文章の妙味と俳味が渾然として味はひ深し。書中に引く巌谷小波の『私の今昔物語』と日夏耿之介の『荷風文學』も讀んでみたくなり…

水曜 

九月十二日(水)晴 朝やや涼しくなるか。いつも通り出勤。晝休みには食後非常用の外階段のある踊り場でダンボールを敷いて晝寝すること日課の如し。日陰で風が通るのでこれくらいの氣候の方がかへつて涼しく眠ることが出來る。何処からも死角になつて人に見…

殘暑 

九月十一日(火)晴 朝宿泊先近くの米屋に赴き、つや姫五キロを町田の岳父母に送る手配を為し、其れから赤湯の駅に到り山形新幹線にて上京。さらに東海道線を下りて午後一時半出社。移動中の電車内にて筒井清忠『日本型「教養」の運命』をほぼ讀み了へる。

奉書にて文奉る 

九月十日(月)晴 昨日奉書巻紙に毛筆にて竹友安彦先生に宛て書簡をしたため、本日通信を添へて投函す。今日は出張にて山形縣に來る。夜会食にてダダ茶豆を食す。旨し。十時より宿泊先のTVで高倉健を追つたNHKの番組を見る。感ずる処尠からず。十一時就…

テレビについて

九月八日(土)晴 昨日『ヴイルヘルム・マイスターの修業時代』讀了。終つてみれば「チヤンチヤン」だが、面白かつた。ゲーテをまた少し讀んで、その後トマス・マンの『ワイマールのロツテ』に進まうかと思つてゐる。J.S.ミルの『大學教育について』を讀み始…

邂逅 

九月七日(金)晴 椿事有り。勤務先には研究所なれば専門書を置く圖書室あり。之の他に一室を設けて社員の文化活動に資する為小説雑書の類を貸出す圖書を置く。此の度部屋の手狭になるか、或は閉鎖されるかによつて其の蔵書を食堂に至る廊下に並べて放出す。…

天氣予報 

九月六日(木)晴後雨 朝晴れてゐるのに午後から雨の予報の出てゐる時程嫌なことはない。日傘と折り畳みの二本を持たねばならないからである。『修業時代』下巻中程に至つて佳境に入る。面白し。帰宅後通信脱稿。夕方雷雨となつて夜は流石に涼しい。

殘暑 

九月五日(水)晴 減量の必要を感じ帰途大船より歩く。日没は少しは早くなつたが暑さは續いてをり汗だくとなつて帰宅。食後家人が書の師である原山先生より頂戴した空也の最中を食す。旨し。其の後執筆。十一時半に到り就寝。溽暑眞夏に異らず、寝苦し。

基督教

九月四日(火)陰 『ヴイルヘルム・マイスターの修業時代』中巻讀了。名高い第六巻「美わしき魂の告白」は殘念ながら退屈なだけであつた。基督教に對する興味を失つた余の如き者には、神への恭順も純潔も鼻白むばかりである。さう言へば此の本を中年以降になつ…

ネツト明暗

九月三日(月)晴後雨 アマゾンより昨日注文せし書棚届く。頼んだ翌日である。もう一方のサイズ違ひのものは専門店らしいサイトにて依頼したところ到着は早くても十二日だといふ。買ふからには一刻も早く手にしたい訳だから、かうまで差が出るのであればアマゾ…

日曜日 

九月二日(日)雨時々陰 嶺庵のクローゼツト内の大整理を敢行。スーツやシヤツを捨て、在仏時代の手書きの処方箋も処分することとす。時代が変り、原料や規制、それに好みも変り、再現不可能な香りなればもはや無用と判断す。若き日の苦闘の名殘りなれば捨て…

竹と酒 

九月一日(土)晴一時雨 九時家を出て電車の中にて讀書及び爆睡を経て早稲田に到り、急に降り始めた雨の中一如庵に赴く。十一時より尺八稽古。終りて後雑談に宮島詠士の話題となり、宮島家所蔵張廉卿千字文を見せて戴く。技巧を排し素直に書かれたものなれど…