茶の道・千の道角

断絶か淘汰か―家元制の未来

コロナ禍により、わたしたちの生活や社会、慣習などに大きな変化が起こると言われて久しい。たしかに、時差出勤や在宅勤務が常態化し、家にいる時間が増えた一方で、やはりひとに会う機会は劇的に減った。しかも、人前では常にマスクを着用するので、鼻と口…

空白地帯

香道志野流松隠軒では今年も聞香始め(茶道の初釜に相当)をやったという。わたしの通う教室では「お初香」と呼ぶ香席を緊急事態宣言下でやむなく中止にするとの報せを受けたすぐ後だったのでちょっと驚いた。人数は通常より少なくして間隔も開けたというが…

盛りもの

11月3日、家内の習っている流派の煎茶道の茶会があり出掛けてきた。久しぶりに着物を着ての久しぶりの茶会である。グランドプリンス新高輪の離れにある和室で小間の玉露、煎茶、大寄せでの酒席など三席に入る。煎茶道では床に盛物と呼ばれる飾り物を置く。花…

茶の湯の危機

今回のコロナ禍で思いもかけない形で影響を受けた職種や職業は少なくない。今までの生活が、人の移動の自由や密な空間、人と人との接触という、今や当たり前のことでなくなってしまったことを前提として成り立っていたことに、現代社会としては初めて気づか…

廃墟の美

あるフランス人女性と喋っていて合点がいったことがある。自分もつねづね感じていた、茶道のインチキくささを見事に言い当てていたからである。彼女は日本に来て11年、鎌倉市の骨董店で働いている。日本語は全く問題なく話し、着物が好きだという。家内が知…

文と樂

三月二十八日(火)晴後陰後雨 新宿湘南ラインで恵比寿に出で徒歩東京都寫眞美術館に到る。十時開館前に既に長蛇の列あり。明らかに老人多く目當ては同じと知る。十時二十分から上映される映畫『冥途の飛脚』の入場券及び席の指定の列である。上映するホール…

雅楽と茶会

十一月十三日(日)晴 昨日土曜は三宅坂国立劇場に赴き『創造する雅楽』を聴く。芝祐靖作曲の雅楽曲「招杜羅紫苑」と「雉門松濤楽」の二曲也。六年前に初めて大阪で雅楽を聴いた時のことはこの日乘の2010.10.29の項に書いた。正直言って退屈したのである。今回…

夏冬

十月二十一日(金)晴後陰 此の処毎日服装を変えなくてはならない。一昨日は冬服、昨日は夏服、そして今日は再び冬服である。単衣と袷を日によって選ばねばならない訳だから異常であろう。ところが、こんなに気候が変動しているのに因習固陋なお茶の世界では昔…

茶話會

三月十九日(土)雨後陰 會社の同僚S氏を招いて茶話會。もうひとり臺湾からの賓客も招いてゐたが、身内に不幸があつて臺湾に歸つてゐるので殘念ながら來られず。煎茶道での玉露の呈茶、聞香、薄茶といつも通り進み、尺八を聽いて貰つた後は酒席。S氏は藝術や…

新内鑑賞會

二月二十八日(日)晴 午前中茶乃湯稽古。季節外れなれど三月に嶺庵に客を呼ぶつもりなれば、炉のない嶺庵に合せて風炉を使つた桑小卓の点前を浚ふ。早めに晝餉を取り紀尾井ホールに向かふ。一時より新内鑑賞會。各派の出演にて古典あり新作ありで中々面白く聽…

曜變天目と瀧落

二月二十一日(日)晴 九時半過ぎ車で家人と出で静嘉堂文庫に赴く。曜變天目、油滴天目、長次郎作黒樂銘紙屋黒、唐物茄子茶入等茶之湯の世界で有名なる優品の數々を觀る。特に稲葉天目の別名を持つ曜變は、其の稲葉家からの賣り立ての際の経緯を高橋箒庵『萬象…

初釜

一月十七日(日)陰 岳母の社中の初釜也。和服にて赴き濃茶の後余が作りたる組香さくさく香を爲す。其の後本來懐石なるも岳母の負擔大なるを鑑み松花堂辨當の晝餐となる。岳母心尽くしのもてなしなるに、中に見た途端「多過ぎ」とか「全部食べられない」等の發…

蕎麦尺八茶事

八月二十三日(日)晴後陰 町田の蕎麦屋Kに行き蕎麦會席の會の茶事を手傳ふ。蕎麦を食し尺八の演奏を聴いた後抹茶を飲むといふ趣向で岳母と茶名を持つ家内が茶事を担當、余が点前を爲す。尺八は都山流の工藤煉山氏が本人作の曲や西洋音樂のポピユラー曲を吹く…

茶會

六月二十八日(日)晴 絽の御召を着て家人と倶に八時前家を出で、電車で赤坂見附まで往き徒歩ホテル・ニユーオオタニに到る。九時半よりメインアーケードの宴会場にて煎茶道東阿部流五世家元襲名二十周年記念茶會に参席。六席ある中の五席に入り、三時過ぎ辞し…

痴的知識人

一月二十四日(土)陰 岳母の社中の初釜に出る。出席者中に某三流和光大学準教授なる女性あり。抑々約の時間に遅れること一時間余なるも謝罪の言葉もなく、會席料理の量多しとて文句を言ふ。更に驚くべきは來たりし時着物を何と左前にて着る。嗤ふべく驚くべく…

煎茶五流

十月五日(日)陰後雨 昨日に續いて着物を着て九時前宿を出る。驛ビルにて晝食を購ひて後、徒歩渉成園枳殻邸に赴く。先日會食せしI氏夫人が属する煎茶道流派も席を出す、互流會の茶會の會場である。十時からの開始なるも颱風も近づく事なれば、出來う限り早く…

京都満喫

十月四日(土)陰 九時過ぎ宿を出で徒歩御池通りから小川通りを上がつたМ染工にお邪魔する。匂ひ關係で懇意にして戴いてゐるT氏の御令妹の婚家にて、友禅その他各種染物を生業とする老舗也。T氏のご紹介により初めて訪問するものにて、着物好きの余等に江戸…

仙洞御所

十月二日(木)陰 朝七時過ぎ家を出で新幹線にて京都へ。着いてまず驛の京都総合観光案内所に行き着物パスポートを貰ふ。それから烏丸御池の定宿に往き荷物を預けてから尾張屋まで歩き早めの晝食。余はざる蕎麦、家人は利休蕎麦を食す。相変はらず美味也。夷川…

白崎秀雄の本

八月十一日(月)晴 『鈍翁・益田孝』に續き、同じく白崎秀雄の著『三渓原富太郎』讀了。また此の本の後更に白崎の『当丗畸人傳』から長尾よねと朝吹英二の項を讀む。今では余り讀まれる事の尠い書き手であらうが、文章は確りしてをり、正字正仮名を遣ふのも好…

杜撰

八月六日(水) 同じく圖書館で借りた、松田延夫といふ人の書いた『益田鈍翁をめぐる9人の數寄者たち』なる本をぱらぱら捲つてみて驚いた。兎に角文章が酷い。言葉遣ひに落ち着きがなく、文が先走り、かつ話題が前後する。其の上杜撰である。行が飛んでゐたり…

徒然棚

三月十六日(日)晴 茶の湯稽古日。其の後十六號線沿ひにある古建具や欄間、古家具の専門店古福庵に赴き、家の飾りに為す欄間飾り等を探すも寸法の合ふものなし。氣長に探すより他なからん。夕刻尺八を吹き、鋤焼の夕飯を食して後歸宅。肘の関節痛を覚ゆ。

初釜

一月二十六日(日)雨後晴後陰 六時半起床。きものを着て八時前に出て大量の荷物を車に積み町田へ。九時前に着き、まず盛り物の飾りつけを為し、諸々準備の後十時半過ぎ門人を迎へに行き十一時過ぎより初釜。客は丁度十人にてそれを五人づつの二組に分け、濃茶…

煎茶蹴球そして家元

一月十三日(月)晴 午前家人に付き合ひ煎茶道の稽古に行く。半東役をやらされる。玉露を三席分頂く。旨し。 午後は高校サツカー決勝戦を観る。2-0の劣勢から終了間際に一点、さらにロスタイムに一点追加して追いつき、延長で逆轉といふ漫画のやうな展開にて富…

茶の日

十二月二十二日(日)陰晴不定 九時半前車のデイーラーに行き十二か月点検。バッテリーの電壓低下とて買い替へさせられる。ボーナスが出て喜んだのも束の間、入ると出て行くのが常ならむ、此の數日のうちに貯蓄に廻す筈の額があつといふ間に消えてしまつた。洗…

茶會と稽古

十月二十七日(日)晴 三日續けて夫婦で着物を着て車で上大岡にある神奈川県戦没者慰霊堂に往く。すぐ前のコインパーキングに停め、平和祈念館にて開かれる戦没者慰霊献茶に伴ふ茶會に参加。まづは東安部流の煎茶席に入る。家人の煎茶道の先生と一緒なので心強…

茶事、新内とおでん

十月十九日(土)陰時々雨 此の日は着物にて出掛ける予定なるも天氣豫報頻りに雨を告げれば、迷つた末竟に洋服にて出づ。九時半町田の家人の實家に行き、まづ余が中置の点前で薄茶を点て、門人來りて稽古の間余は学会誌の原稿校正を為す。また、午前中呉服屋の…

茶話會

十月十四日(月)晴 六時半起床、近くの川沿ひの道を薄を求めに歩くも姿良きもの少なし。南天の葉の少し色づきたる、姿良きものを得て歸り、まづは床の花を生ける。岳母より昨日杜鵑、藤袴始め吾亦紅など幾つかの茶花を頂戴したのでそれと合せることにするも、…

黄檗の寺

十月十三日(日)晴 車にて岳母、家人とともに小田原は入生田に在る黄檗宗の紹太寺に往く。途中道路の澁滞甚だしきものあり。煎茶道東阿部流の茶會に参席。外では虚無僧姿の五人ばかりが尺八を吹奏するのに出くはす。珍しき事也。松琴楼にて鰻重を遅い晝食とし…

棚と茶杓

十月六日(日)陰後晴 午前中急に思い立って車で家人と久しぶりに遊行寺骨董市に行く。出店がこの前の鶴岡八幡宮の骨董市よりも少なかった。大江戸も開催の日なのでそちらに流れたか。家人が気に入った茶杓、供筒と箱の二重で銘「秋の聲」と「野あそび」を買う…

免許証

六月二十三日(日)晴 朝から二俣川の自動車運転免許試験場に赴く。二時間の講習を受けて正午過ぎ新しい免許証を受け取つて横濱に戻つて家人と落ち合ひ、高島屋で千家十職の黒田正玄展を見る。添茶席の義母を訪ね一服の後鶴見の古着屋に行き余は浴衣と帯、家人…