文人憧憬

メディシスの泉

リュクサンブール公園にある、メディシスの泉である。 荷風も藤村も、この水辺のベンチに座ってパリに浸った。かくいう私も、休日になるとここに座ることが多かった。そして、本を読もうと思うのだが、鉄の椅子が冷たく、またすぐに尻が痛くなってさっさと退…

断絶か淘汰か―家元制の未来

コロナ禍により、わたしたちの生活や社会、慣習などに大きな変化が起こると言われて久しい。たしかに、時差出勤や在宅勤務が常態化し、家にいる時間が増えた一方で、やはりひとに会う機会は劇的に減った。しかも、人前では常にマスクを着用するので、鼻と口…

書初め

午後、書初めをなす。毎年恒例となった、余と家内の今年の抱負と目標を半紙に毛筆で認める。その後お初香で筆者を務めることになったので、記録の練習をする。今年は萬歳香とのことで、書くことが多くて大変そうである。その後、手すさびで松岡流の書をもの…

純粋讀書

カレル・チャペックの『未來からの手紙』を讀んでゐる。小説ではなくエッセイの部類に入るのだらうが、とても面白い。優れた知性と時代への透徹した分析力、そしてユーモアが混合された文章はただただ面白く讀める。というより、面白いから讀んでゐるのであ…

盛りもの

11月3日、家内の習っている流派の煎茶道の茶会があり出掛けてきた。久しぶりに着物を着ての久しぶりの茶会である。グランドプリンス新高輪の離れにある和室で小間の玉露、煎茶、大寄せでの酒席など三席に入る。煎茶道では床に盛物と呼ばれる飾り物を置く。花…

異邦人と敗者

歴史を読む中で、権力者の振る舞いや政治史よりどうしても敗者や虐げられた人々に目が行き、民衆史や生活史のほうに興味を持ちがちなのは、わたしが取りも直さず敗者であるからに他ならない。今年は数えで六十になったわけだが、この六十年を振り返って、確…

京大式

カードの作成を始めた。もちろん、クレジットカードでもタロットカードでもなく、B6のいわゆる京大式のカードに読んだ本から得た知識やアイデア、関連する事がらなどをメモしていくのである。学生時代に鏡の研究をしている際や、最初の著作を書いていた時分…

學魔降臨

先日高山宏大人(うし)の謦咳に接する機会があり、大いに刺激を受けた。その博識ぶりはよく知られていようが、そのとどまるところを知らぬ博覧強記の引用と脱線に次ぐ脱線の語り口には、長いこと大学の教員として学生を惹きつけてきた熟達の技があり、時に傲…

顔真卿

遅れ馳せながら顔真卿展に行って来た。金曜の夜であったが、ロッカーに荷物を入れるのにしばらく待つほどの混みようであった。展示品は実に多彩であり、漢字の成り立ちから書体の確立を追えるようになっているのは親切だが、如何せん混雑して中々進まないの…

盛り沢山

九月二十四日(土)陰時々雨 五時半過ぎ起床。八時前夏目坂から少し入った処にある一如庵に着く。布袋軒鈴慕の稽古を令先生から受ける。自分で気づかない吹き癖を多く指摘されるとともに、音の下るところや音程の取り方など細かく指導を受ける。文字通り、ひと…

作者の家

九月三日(土)晴 昨夜寝るのが遅くなったこともありゆっくり目に起きる。今のところ時差ぼけはなく毎晩きちんと眠れている。九時半頃出発、最寄の駅でメトロRERのゾーン5までの一日券を購入してリヨン駅に向かう。そこから10時38分発のRERのD線に乗り、一時間…

言靈

五月四日(水)晴 午後鎌倉建長寺に赴き金澤翔子さんの書展を觀る。素晴らしい。般若心經の丹精、蘭亭序の品格、いろはの破格、魂魄の氣迫。しかし何と言つても「言靈」の鬼氣迫る力強さに言葉を失ふ。忘れかけてゐた「ことば」への畏敬を思ひ出すに足る、文字…

良い字

三月十六日(水)陰 最寄り驛の近くにある駐輪場の壁面に硝子張りの展示スペースがあつて、地元の人の作つた工藝品や美術作品が週替りくらゐで展示されてゐる。往き歸りに通る道筋なので、偶に見ることがある。先日子どもたちの書の展示があつて、多くは余の嫌…

江月と行倒れ淀君

二月六日(土)晴 朝有樂町に出で徒歩出光美術館に到る。「書の流儀」展を觀る。先日『魯山人書説』を讀んだせゐもあらうが、確かに一休や江月の書はよく、山陽や光悦は落ちる事が實感できた。今囘では浦上玉堂が思ひの他良かつた。光悦よりは乾山が好きで、松…

二日目

一月二日(土)晴 暖かき正月也。遅く起きて箱根驛傳を觀る。午後近所の神社に初詣に出掛け、後嶺庵にて最近入手した香木を聞いて銘をつけ、さらに岳母の社中の初釜にて行ふ予定の組香を新たに考案する。さらに恒例の、今年の抱負を妻と二人分墨書する。また、…

八王子千人同心

八月八日(土)晴 松崎二日目。朝十時から民藝茶房にて郷土史家のMさんと會つて色々話を聞く。依田勉三他の松崎出身者の事蹟を調べて居られる方で、流石に詳しく多くの事を學ぶ。特に幕末の安政期に八王子千人同心が凾館近郊に入殖して凾館戰争に巻き込まれる…

茶會

六月二十八日(日)晴 絽の御召を着て家人と倶に八時前家を出で、電車で赤坂見附まで往き徒歩ホテル・ニユーオオタニに到る。九時半よりメインアーケードの宴会場にて煎茶道東阿部流五世家元襲名二十周年記念茶會に参席。六席ある中の五席に入り、三時過ぎ辞し…

椅子到着

六月二十七日(土)陰 午前書齋用に買ひ求めた椅子が届く。今まで革張りの椅子を使つてゐたのだが、大き過ぎて邪魔な上夏場は背もたれが蒸し暑く黴も生えやすい。しかも、ボルトが欠けて高さ調節も出來なくなつてゐた爲、思ひ切つて購入を決めたのである。先週…

象山詣で

五月四日(月)晴 上田から松代に移動。海津城跡、文武學校、真田家、真田寶物館の順に見た後日暮し庵にて蕎麦の昼食。更に象山神社及び象山記念館を訪れ佐久間象山先生の遺事を偲ぶ。神社内に京都で營みし茶室煙雨亭や、石黒忠悳と對面せし高義亭あり。また生…

象山の書

三月二十三日(月)晴、寒し 松本健一著『佐久間象山・下巻』讀了。幕末の思想や政局を知る上での新たな視点を與へられた感あり。象山先生への畏敬の念を更に強くす。又、余得としては、此の書を讀んで吉田松陰を前ほどには忌み嫌はなくなつたといふ事がある。…

冷遇と厚遇

三月七日(土)陰後雨 八時過ぎ六階にある日本料理の店に朝食に行く。二仟五佰圓もする朝定食である。今囘は招待されてゐるから良いが自分では絶對に行かないだらう。隣の席では一目で不倫旅行と分かる、初老の男性と若作りした綺麗目の中年女性が朝からビール…

山陽道

十二月二十八日(日)晴 やつとの事で『頼山陽とその時代』讀了。山陽に對するアレルギーは、余の世代は旧制高等学校出身のインテリに比すれば左程強いものではなかつた筈だが、其れでもご多分に漏れず尊王のイデオローグで悲憤慷慨調のわざとらしい文章家とい…

冬の一日

十二月二十三日(火)晴 終日家に在り。書齋にて讀書執筆に時を過ごす。本來かういふ生活を望んでゐたのである。随分と遠廻りをして來たが、やつと落ち着くべき處に辿り着いたやうである。資料となる文献に目を通し、メモを取り、原稿用紙に向かつて萬年筆で文…

足萎

十一月五日(水)陰 『伊澤蘭軒』を讀む事日課の如し。その七十一に至る。蘭軒三十有余歳にして足疾を得、後に兩脚全く廢するに至るを知る。余は肩疾に苦しみ筆硯や竹音を稍遠避けざるを得ず、専ら讀書に勤しむ日々であるが、脚は到つて頑健である。歩行の困難…

小園のお銀様

八月五日(火) 渡邊崋山『游相日記』讀了。三一書房の「日本庶民生活史料集成」第三巻を借りて讀んだのである。是は他に高山彦九郎の「北行日記」や「菅江眞澄遊覽記」、古河古松軒の「東遊雜記」等を収める實に良い本だと思ふ。先日芳賀徹の『渡邊崋山‐優し…

眼福

八月朔日(金)晴後雨 會社を休み午前通院。午後家人と上野の國立博物館に赴く。台北・故宮博物院「神品至宝」展を觀る。汝窯の青磁、王羲之、徽宗帝の書と進んで、割と直ぐに蔡襄以下の宋の大家の書に至る。黄庭堅の三点に到つて足が止まる。草書花氣詩帖頁は…

田原

七月二十日(日)晴時々雨 朝宿を発ち渥美半島田原市に赴き田原城址、同博物館、崋山神社、池ノ原会館等を訪ふ。崋山が蟄居し最後には自刃して果てた池ノ原の地にある全樂庵にて抹茶を喫して崋山を偲ぶ事頻り也。 博物館では、松林桂月の師野口幽谷が崋山の弟…

山口昌男の再発見

六月十八日(水)陰後雨 山口昌男の名は知っていたし、学生の頃その手になる文化人類学や記号論の本も少しは読んでいた。ところが、その後不覚にも山口の著作活動に関して全く関心を持たずに過ごして来たのである。今回『内田魯庵山脈』を読んで括目し、現在著…

鎌倉行

六月四日(水)晴後陰 夜、崋山『遊相記』を讀む。文政四年に崋山が鎌倉から江の島に掛けて歩いた際の記録也。よく知る場所多く面白く讀む。

大江戸江戸明治

六月朔日(日)晴、暑し 午前大江戸骨董市に赴き、澤蟹の飾り物及び小さな木製の花台を購ふ。其れから上野に出で人混みの中、國立博物館に往く。新収品展示室にて是眞の水墨画を見る。其の他本館内を観覧し、没倫紹等賛一休和尚像、高村光雲作老猿等、美術史上…