山口昌男の再発見

六月十八日(水)陰後雨
山口昌男の名は知っていたし、学生の頃その手になる文化人類学記号論の本も少しは読んでいた。ところが、その後不覚にも山口の著作活動に関して全く関心を持たずに過ごして来たのである。今回『内田魯庵山脈』を読んで括目し、現在著作を遡る恰好で『「敗者」の精神史』を読んでいるが、とにかく面白い。続けて『「挫折」の昭和史』も読むつもりだが、扱われる人物たちが好みの人たちなだけでなく、切り口というか、それらの人々のネットワークから浮かび上がる時代の精神構造や知のスタイルに対する考察はやはり鋭い。畸人を録して面白い読み物にするだけなら森まゆみでも荒俣宏でも器用に出来るけれど、江戸期や幕末の学問思想をおさえた上での明治大正の精神史ないし精神活動の史的考察となると、それほど簡単なことではない。山口のこうした著作に接することで、大室幹雄先生や前田愛の射程とも重ねつつ、やっと私にもアジアの思想活動という大きなパースペクティブの元で明治の日本人の営為を見直すことが可能になりつつある。
山口がそれらの著作をなしていた九十年代後半、特に『へるめす』誌での活躍を私は完全にノーマークで過ごしてしまった。それは当時の自分の興味の対象が今と大きく異なっていたことにもよるし、生活や仕事のスタイルが今とはまるで違っていたことによるのであろうことは、私にはよく理解できる。そして、もし当時仮にそれらを『へるめす』誌上で読んだとしても、今ほどの感動や理解は得られなかったであろうことも。だからむしろ、リアルタイムに接することがなかったとは言え、今まさに自分の興味関心にどんぴしゃのタイミングでこの本に出会えたことに幸せを感じるのである。
また、山口もまた名うての古書蒐集狂であったことも私を喜ばせた。

特に興味をひく人物 淡島寒月巌谷小波大槻如電甲斐庄楠音

キーワード 文人、敗者、旧幕、反近代、反権力、薩長嫌い、趣味、江戸趣味