2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

三者三様

三月三十一日(土)陰後雨、風強し 朝大船に行き十字式整体の施療を受け、帰宅後車にて成瀬に行く。昼過ぎN子の中学時代の同級生Kさんが来たり、其の運転にて近所のA氏に嫁ぎしN子の友人F子さんの実家に行く。其の友人F子さんが高齢出産にて赤子を産んだ…

中華旨し

三月三十日(金) 退社後横浜に出てK先生と五月の講演に関する打ち合せ。其の後高島屋八階の南国酒家に行き会食。真鯛の葱・生姜蒸とポークフイレと春レタスのおこげは特に美味であつた。K先生の薔薇や釣り、パイプから珈琲に至る趣味と拘りの幅広さにいつも…

妙法蓮華経

三月二十八日(水)晴 先日植木雅俊『仏教、本当の教え』(中公新書)を読んだ。漢訳の過程で生じた誤解曲解が日本においてさらに増幅された結果、原始仏教即ち仏陀の教へから如何に離れてしまつたかを明哲に、しかも読み物としても面白く示してくれる好著であつ…

三月二十七日(火)晴

花粉に苦しむ。己が知識の浅薄さ、興味関心の移ろひ易さに苦しむ。心身一如とは此の事乎。書きたしと思へども読むべき事余りに多く、読みたしと思へども其の為の時間得難し。無為徒食にして時は過ぎ之く。噫々。

星の下

三月二十六日(月)晴 未だに寒し。肩の痛みは鎮痛剤で抑へて、日常生活は何とかなるやうになつた。頭痛には効かなかつたロキソニンだが、肩の痛みは和らげて呉れるやうだ。養育費が終り、二度目の慰謝料の借金返済がやつと始末がついたと思ふ間もなく、また月…

柴又茶会

三月二十五日(日)晴後陰一時小雨 六時に起き入浴の後着物に着替へN子とともに八時前家を出づ。日暮里まで京浜東北で行き、京成に取り換へ高砂経由柴又に至る。義妹Kの姿既に在り。駅前に寅さんの彫刻あり。写真機に収む。 其の後倶に柴又帝釈天として知ら…

千葉の都賀

三月二十四日(土)小雨後陰 朝起きて尺八を手にしてみるも肩に痛みが走り此の日予定してゐた稽古を断念。電話にて神先生に断りを入れる。其の際今日から越後明暗寺三谷を始めるつもりであつたと聞く。習ひたかつた曲目なれば残念也。次回稽古は四月七日に決す…

満身創痍

今日会社で突如右肩に痛みを感じ、昼頃から益々悪化。五十肩で腕が上がらなくなるといふのはよく聞くが、余の場合腕を下げて前方で手を動かさうとすると痛む。寧ろ右手を挙手かアメリカ大統領の宣誓のやうな形で挙げてゐる方が痛みはない。そんな珍妙な格好…

夢の深読み

三月二十三日(金)雨 昨日高山宏著『夢十夜を十夜で』読了。先日谷中の古書肆信天翁で新本で買つた、羽鳥書店といふ千駄木にある出版社から出た書き下ろしの文庫版だが、一見して驚嘆、瞠目して読む。明治大学国際日本学部の授業にて、言ふまでもなく漱石の『…

津軽義孝

三月二十二日(木) 先日の日乘にも載せた如道会創設時の発起人の一覧中に津軽義孝の名があつた。如道先生が津軽弘前の出身であり、また尺八とは縁の深い津軽藩の当主であつた関係から名を連ねたものであらうか。一般には常陸宮妃華子さまのお父上として知られ…

尺八三味線

三月二十一日(水)晴 帰宅後嶺庵で練習。大和樂、松風三回、調べ・下り葉、虚空、布袋軒三谷、無住心曲を吹く。其の途中アマゾンより本條秀太郎さんのCD『端唄』が届き、食事前にウヰスキーの水割を飲みながら聞く。実にいい。三味線の音色はやはり生演奏と…

書簡

三月二十日(火)晴 通信の推敲に時間を費やし、午後になつて校了。配信す。午後毛筆にて書簡を四通ばかり認めてゐたら日が暮れた。情けない話である。匂ひの本の構成を考へる予定でゐたのに全く進まず。三月末の締切に向けていよいよ尻に火がついて来た感じで…

蟄居

三月十九日(月)晴 会社を休み終日家に在り。通信の執筆に時間を費やす。十二時前脱稿。

朝湯

三月十八日(日)陰時々雨 朝湯に浸かり再び露台にて大和樂、普大寺虚空を吹く。例會二日目。五時過ぎ散会となり東海道線普通列車にて帰宅。

温泉行

三月十七日(土)雨 午後独り熱海に至り、タクシーにて三平荘なる旅館に往く。某倶楽部の例會に参ずるもの也。入浴後離れの部屋の露台にて尺八を吹く。大和樂、松風。温泉、部屋、食事さらに催事を堪能す。 熱海三平荘

書を見る

三月十六日(金)晴後陰 朝五時五十分起床。東京経由京葉線にて海浜幕張に赴き、幕張メツセで開催中の某企画を一巡の後職場のT氏と東京に戻り、昼食を倶に取つた後袂を別ち余は鶯谷に向かふ。北口にて待つ事小一時間にてN子来たり、徒歩書道美術館に往く。王…

馬鹿正直

三月十五日(木) 一時間早く退社し杉田の医者に寄つて花粉症の薬を出して貰ふ。例年通りアレグラである。重症になるとアレグラいでは効かなくなるといふから余の場合それ程ひどくはないのであらう。其の後京急で横浜に行き、スペイン料理店にて馬正会なる飲み…

酒と退職

三月十四日(水)晴 昨夜大阪の島田商店より一升瓶二本届く。言ふまでもなくKさんからのものである。一本は北雪大吟醸黒ラベル。もう一本は意外にも月桂冠大吟醸「伝匠」といふ酒であつた。今日帰宅後大和樂、松風二回、普大寺虚空、三谷清攬、調べ・下り葉、…

続報

三月十三日(火)晴 昨日より花粉防止用のゴーグルを着け薬も飲み始む。昨日は帰宅後尺八練習日課の如し。大和樂、松風二回、無住心曲、普大寺虚空、通り・門付け・鉢返し、調べ・下り葉を吹く。 昨夜メールを開くにO君より来信あり。如道会設立年に関する余…

倫敦軍縮会議−如道会設立年に関する続報

三月十二日(月)晴 佐藤尚武著『回顧八十年』を図書館から借りて来た。ざつと目を通したところ如道会についての言及はなく、僅かに若い頃から尺八を好んだがたいして上達もしなかつた云々を見出したのみである。ところで、巻末の年表を見た上で改めて如道叢書…

一年、そして嶺庵茶話会

三月十一日(日)晴 震災より丸一年也。あの日の事を思ひ出すとともに、被災者の悲しみと苦しみに思ひを致す。復興への願ひと、管政権の愚鈍さに対する怒りを忘れてはなるまい。最悪のタイミングで史上最低の宰相を抱いた此の国の不幸である。 此の日嶺庵茶話…

如道会設立年に関する疑義

三月十日(土)雨後陰 先日如道叢書のコピーを見つけ出したと書いたが、早速通読してみた。尺八の奥義について教へられる事が多いのはもちろん、如道先生の経歴や歴史的な背景に関しても知らずにゐた事が少なくなく、大いに参考になつた。ただ、如道会の設立年…

渋谷の変貌

三月八日(木)陰 ネツトにて渋谷駅周辺のツインタワー建設を含む大規模な再開発計画を知る。銀座線のプラツトフオーム位置変更や東横線の駅地下化は其の前に実現するさうだが、いずれにせよ景観が変貌するのは間違ひあるまい。京王線沿線に住んでゐた余にとり…

社会復帰

三月六日(火)雨後晴 五日ぶりの出社なればさぞ忙しからうと思つてゐたが大して仕事もなくいつも通り定時退社。此の日気温上昇し、花粉の飛散も激化したるやうにて花粉症発症す。帰途マスクを購ふ。六時半より尺八を吹くも気が抜けたか鳴らずに三十分程にて止…

滋賀の方

三月五日(月)雨後陰 如道忌翌日恒例の神家ご一行による京都近江巡りに参加するため、八時半に通りを挟んだ反対側の新・都ホテルに赴く。神先生の姿既にあり。Kさん運転のジヤグウアーに神先生とN子と余が乗り込む。まずは大徳寺に向かひ、大仙院に行く。総…

如道忌

三月四日(日)雨 N子は着物に着替へて朝八時過ぎホテル前よりタクシーで京都駅に移動。駅前のホテルに荷物を預け、朝食を駅ビルで取つてから東福寺まで奈良線に乗り、九時半に徒歩明暗寺に着く。既に門内で尺八を吹く姿あり。中に入ると如覚もゐて早速松風を…

京都の人

三月三日(土)晴 七時起床、シヤワーを浴び朝食の後八時過ぎI邸を辞して、門戸厄神より阪急を乗り継いで西院に至る。駅近くの道に赤いビツツで待ち受けたるはN子の知人で京都在住のM田さん也。嘗てN子が住宅建設会社に出向の際、宣伝に使ふ為同社で家を建…

京阪往復

三月二日(金)雨 宿酔を残して起床。予定よりやや遅く八時半過ぎホテルを出で、渡辺橋より京阪にて祇園四条に至る。雨の中鴨川を渡つて阪急河原町駅に行きコインロツカーに荷物を預けてから再び京阪祇園四条に戻り、一駅分電車で南下して五条で降り、再び徒歩…

大阪の夜

三月朔日(木)陰 七時前N子と倶に家を出で新横浜に往く。待合室にて岳母の社中に居たA木君に遇ふ。全くの奇遇にて新幹線も同じ列車也。名古屋に出張といふ。十時過ぎ新大阪に着き、N子と袂を別ち余は出迎への営業U氏の車にて得意先に赴く。午前中一件用談…