作者の家

九月三日(土)晴
昨夜寝るのが遅くなったこともありゆっくり目に起きる。今のところ時差ぼけはなく毎晩きちんと眠れている。九時半頃出発、最寄の駅でメトロRERのゾーン5までの一日券を購入してリヨン駅に向かう。そこから10時38分発のRERのD線に乗り、一時間半程でMeisseという駅に着く。ここから7キロ離れたところにMilly la Foretという町があり、そこに行くつもりなのだが、駅は無人駅でタクシー乗場があるわけでもなく、駅前には店もない。事前にネットで調べて、行くのが難しいとの情報は得ていたが、何とかなるだろうと甘く考えていた。道の反対側にホテルがあったので、そこでタクシーを呼べるか聞いてみたが、さっきもそういう客が来て知っている唯一のタクシーに電話を掛けたが出ないので無理だろうとのこと。ヒッチハイクで行けと言う。最悪こうなることもあると思っていたので、実はおにぎりと水は持参している。二時間は掛からないだろうから何とかなると思い歩き始める。多少雲はあるが、晴れてまだ暑い真昼である。一本道は途中森のようなところを通りまた起伏もあるので、ハイキング気分で飽きずに歩くことが出来た。途中何度か休み水を飲んだが、日陰で食事をするのに適当な場所がなかったのと、i-padの地図で経路を調べると一時半過ぎには着きそうなのでまずは目的地に行ってみることにした。

やがて野原の先に人家が見え、町に入った。ロマネスクの教会の塔が見え、近づくとその手前に昔洗濯場として使っていた水場があり、その横の日陰のベンチで休み、持参した握り飯を食す。歩き疲れて空腹だったせいもあるだろうが、これが実に旨い。生き返った思いで2時を待ち、目的のジャン・コクトーが晩年を過ごした家に行く。ここの開場が午後2時からだったので、どちらにせよそれに合わせて来るつもりだった。入場料を払って中に入ると、これが一時間半歩いてまで来て良かったと思える、素晴らしいものであった。

家自体はそれ程豪華なものではないが、広い庭園の教会やシャトーを借景にした景色は素晴らしく、またコクトー好みの書斎や寝室の調度品や装飾品はまさにコクトー好みのものと思われ、見ていて飽きない。



そして、素晴らしいことに家の中も庭も、どこも写真を撮っていいのである。公開されたのが比較的新しいこともあって、エントランスは綺麗で絵葉書やコクトーの著作他お土産を置いたショップも充実している。絵葉書やコクトーのデッサンの複製など結構買う。
コクトーの家を出て町の中心に向かう。イルドフランスの小さな田舎町といつた風情だが、可愛らしい雰囲気があり、土曜日のせいか車での観光客は結構多いようだ。まず観光案内所に向かい、地図を貰うとともに帰りのタクシーの予約をして貰う。

6時にその案内所前に来て貰うことにして、おにぎりだけで空腹だったのて中世以来の大屋根の市場のそばの店でハムとバゲットを買って近くの公園の日陰のベンチで食べる。そこからさらに2~300メートル進むと小さなシャペルが現れた。

コクトーが内部の装飾画を手掛け、またその墓もあるSant Blaise des Simples のシャペルである。この場合のSimplesは複数形の名詞として「薬草」を意味することを初めて知った。もとライ病院だったところのシャペルだけが残ったもので、実際建物の周囲には薬草が植えられている。



ここもミュージアミショップが中々充実していて、家人はコクトーの描いた猫がプリントされたマグカップを購入。ここもすべて撮影OKなのは素晴らしい。去年南仏のヴィル・ブランシュにあるやはりコクトーの装飾画のある教会に行ったが、そこは撮影禁止で絵葉書を売る気満々という感じであった。壁画はそれなりに良かったが、全体の雰囲気はこちらの方がはるかに良い。大いに満足して市場のある中心地に戻り、タクシーの時間までカフェでビールを飲んで過ごす。
やがて驚くことに約束の6時少し前にタクシーが来て僅か5分程で駅に着いた。20分くらい待って1時間に1本の電車でパリ市内に戻り、さすがに疲れてどこかに寄る気にはならず、まっすぐアパルトマンに戻って夕食の後早めに就寝。この日歩いた歩数21,284、距離にして14.64km。