明治・化学・産業

グラースの街並み

1911年に甲斐荘楠香が下宿から研修先であるスラン社まで通ったと思われる道筋を2015年に辿ったことがある。建物も含めその頃とほとんど変わっていないだろうと思われる街並みに胸が一杯になった。この路地を通う一歩一歩が、日本の香料産業誕生のための歩み…

その後

衝撃はまだ続いている。今の自分の状態をうまく言い表わすことばはいまだ見つからないが、大雑把な概念や用語でわかったつもりになるよりは、この感情と理性に渦巻く混沌こそをきちんとからだ全体で受けとめるべきなのだろう。 無知と無関心に対する羞恥心と…

人生を変える一冊

石牟礼道子『神々の村』読了。「苦海浄土」第二部である。また、図書館で『桑原史成写真集 水俣事件』および『写真集「水俣を見た七人の写真家たち」』を借りて来た。正視せねばならぬという、自らに課した義務としてそれらの写真を凝視した。そして、第三部…

化学工業という「悪」

恥ずかしながら告白する。懺悔と言ってもいい。初めて石牟礼道子著『苦海浄土』を読み終えたのである。高校の時、教師に勧められた。すぐに買って書棚に並べたもののそのまま読まずにいたのである。今回松岡正剛と田中優子の『日本問答』と『江戸問答』を続…

3つの婚約解消事件

先日、浅見雅男の『大正天皇婚約解消事件』を読み終えた。これで、『闘う皇族』と合わせ、明治後半から大正期にかけて起こった三つの婚約解消事件の詳細を知ったことになる。そのすべてに「伏見宮系」皇族が絡んでいる。簡単にまとめておこう。 まずは、他な…

明治の闇―神社合祀と樟脳

[数日前、このブログで平田東助の名前を出したが、たぶんあまり知られていないと思うので、わたしが平田を嫌う理由となった「神社合祀問題」について以前書いたものをここに掲載することにしたい] 明治三九年八月、「神社合祀の勅令」というものが発布された…

嫌な連中

浅見雅男の『闘う皇族 ある宮家の三代』を読んでいる。駄場の本で「天皇家vs伏見宮家」の構図を知り、先の浅見の本で「伏見宮系の皇族」についての知識を得た上で、こんどはその伏見宮系の中で最も問題の多い久邇宮家を主題に据えた本書に行きついたというわ…

天皇家対伏見宮家

駄場裕司『天皇と右翼・左翼』を昨日読み終えた。かなり面白い本である。近代日本の隠された対立構図を天皇家vs.伏見宮家皇族の対立を軸として読み解くもので、多少穿ち過ぎの嫌いはあるが、それでも「そう考えた方が確かに分かりやすい」と納得してしまうこ…

整理と準備

書斎の片づけを始めた。年史編纂中のゲラや資料の類がまだ大量に机周りに残っていたのを処分し、必要なものは仕分けをした。併せて、積んであった古文書関連や楠香関係の史資料の整理もしている。金曜に卒論で甲斐荘楠香を含む日本の香料産業の黎明期につい…

5月13日

在宅勤務、例の如し。昨日出勤してA3用紙に印刷したゲラのチェックと明日以降の遠隔会議の準備など。五時半定刻にて仕事を止め、家内と連れ立っての散歩、日課の如し。市民の森の山ふたつを巡る。鶯の声頻り也。一時間ほど歩いて帰宅し、直ちにシャワーを浴…

大久保の野望

明治6年、大久保利通は内務卿となった。内務省という、それまでの太政官制にない官庁を作ることで、大久保は政府を掌握することに成功する。大蔵省や法務省、外務省といった、国事の主流とされる官庁ではなく、警察機構を取り込み新たな任務と役割をみずから…

岩倉の企み

久保正明『明治国家形成と華族』(吉川弘文館、2015)を読んでいる。副本として岩波日本近代思想体系の『天皇と華族』を参考にしながら、明治初期の華族制度成立の過程を理解しつつある。近代天皇制を確立していく中で、ある意味必然とも思われる華族制度で…

或る海軍大佐の生涯

大正9年(1920)7月16日、広島県江田島にある大日本帝国海軍兵学校では第48期の卒業式が行われていた。難関の入学試験を突破して江田島に学ぶこと3年、卒業証書を手渡された後、「生徒用の軍装から真新しい純白の海軍少尉候補生服に着替えて祝宴に臨む[1]」エ…

甲斐荘正光の生涯

たまたま生まれあわせた時代が悪かったばっかりに貧乏くじをひいて、苦労や不運が絶えない上に、病気になってあっけなく若死にしてしまう人がいる。幕末に四千石の旗本当主となった甲斐荘帯刀正光の場合がまさにそれであり、史料から読みとれるその生涯の足…

稲畑勝太郎

鹿島茂の本は結構読んでいる。といっても驚くべき多産な書き手なので、読んでいるのは書いたもののほんの一部なのだろうが、まあまあ楽しめる本が多い。軟硬とりまぜた、情報量の多さとそのさばき方、そしてわかりやすい図式化などが長所だが、ときに杜撰な…

赤い星

与那原恵著『赤星鉄馬消えた富豪』読了。珍しく新刊本屋に立ち寄った際に目に留まり、読みたくなって購入。あっという間に読み終わった。 帯に「いったい彼は何者だったのか?」とある通り、赤星鉄馬のことを知る人はほとんどいないだろう。かく言う私も、大…

本三冊

三月九日(金)雨のち陰 このところ人に薦められた新書を三冊続けて読んだ。まずは白石良夫著『かなづかい入門』(平凡社新書)。かなづかいに関する歴史的変遷や現代仮名遣のそれなりの意義は理解することは出来たが、それにしても著者の喧嘩腰の物言いは解せな…

京都学派

二月六日(火)晴 吉川安著『化学者たちの京都学派―喜多源逸と日本の化学』を読み終えた。とても面白く読んだ。京都学派というとふつう西田幾多郎や田辺元などの京大哲学あるいは人文系の教授連の勢力範囲をさすことが多いのだが、本書では喜多源逸にはじまる…

京都三日目

三月七日(月)晴 氣温の上がる豫報が出てゐたので鞄と外套を宿に預けて軽装にて九時前外に出る。近くのカフエにてモーニングを食するも珈琲薄くてまずし。地下鐡で北大路に行き、バスで大徳寺に向かふ。初老の女性二人連れ観光客の傍若無人の振る舞ひに呆れる…

八王子千人同心

八月八日(土)晴 松崎二日目。朝十時から民藝茶房にて郷土史家のMさんと會つて色々話を聞く。依田勉三他の松崎出身者の事蹟を調べて居られる方で、流石に詳しく多くの事を學ぶ。特に幕末の安政期に八王子千人同心が凾館近郊に入殖して凾館戰争に巻き込まれる…

松崎再訪

五月十四日(木)晴 家を八時過ぎに出で車にて伊豆に向かふ。今囘は直接松崎に行くので新東名の長泉インターで降り伊豆縦貫道を通つた爲案外早く十一時半に松崎に着いた。少し早いが鰻の三好本店に入る。先日名古屋で食べたひつまぶし備長本店の鰻が驚く程不味…

《京大澤柳事件と菊池大麓》

二月二日(月)晴 △京大事件といふ名のもとに知られてゐる出來事は幾つかあるが、わたしが目下關心を寄せてゐるのは大正二年(一九一三)に起こつた、澤柳事件とも呼ばれる方のものである。わたしは長いこと高砂香料創業者である甲斐荘楠香の事跡を調べてその評…

奇遇の讀書

一月十一日(日)晴 『伊澤蘭軒』を讀む事久しく、漸く其の終盤に差し掛かつた。『頼山陽とその時代』を讀み繼いでゐた時分に、突如此の書を讀みたくなつて鷗外全集當該巻を買ひ求めた。無知とは恐ろしいもので、讀み始めて直ぐに、蘭軒と山陽、そして菅茶山の…

成金趣味

七月十六日(水)晴 最近成金に興味を持ち、あれこれ調べてゐる。広瀬隆の『持丸長者』を買ひ、昨日は古本屋で荒俣宏の『黄金伝説』を手に入れた。先日届いた紀田順一郎の『カネが邪魔でしようがない』も明治大正成金列伝の副題を持つものであるし、大正期の見…

購入

二月二十二日(土)晴 十一時より一如庵にて尺八稽古。其の後白樂ねいろに行きニ尺一寸管購入代金を払ふ。煤竹の一尺八寸管がおまけに付いた他、煎茶道の茶托他諸々購ふ。花台がおまけにつく。店主夫妻と骨董談義で樂しい時を過ごした上に結構安くして貰つたや…

氏神氏子

二月十日(月)陰 いつもの時間に家を出るが空いてゐたので一本早い電車で出勤。晝休みに下御霊神社に電話をして問ひ合はせる。即ち同社の氏子地域を知りたかつたのである。すると、西は堀川通りまで南は二条通り、北は出水通り、東は何と鴨川を越えて仁王門通…

大雪

二月八日(土)雪 昨夜から降り始めた雪が朝の段階で既に道を埋めてゐたので、尺八稽古他此の日外出の予定をすべて諦めて終日家にて過ごす。 先日解讀した明治四十五年の繪葉書の文章を下に掲ぐ。 1912/6/13 京都市竹屋町新椹木町上ル 甲斐荘彦子殿 六月十三日…

古文書解讀

二月三日(月)晴 きのふけふと古文書の解讀を續けてゐる。と言つても百年程前のものだが、細かい崩し字なので讀み解くのに思ひの他時間がかかる。ひとつは甲斐荘楠香がスイス滞在中に日本に送つた繪葉書で、一九一二年のもの。候文の少しくだけた感じの文體は…

明治の化學者

十月三日(木)晴 廣田鋼藏著『明治の化學者』讀了。明治の化學界における派閥抗争を掘り起こした勞作。朔日に書いた舎密派即ち實學重視の長井長義一派と理學派櫻井錠二派の、其れまでの「化學史」では触れられる事のなかつた、單なる化學會會長のポストを巡る…

明治の日本人

十月朔日(火)雨後晴 杉山茂丸『俗戰國策』讀了。書かれた事が嘘か眞か全く判斷のしやうもないが、策士茂丸大活劇の趣もあつて讀み物としては面白い。伊藤博文も山県有朋も、桂太郎も大隈重信も、茂丸の手に掛かると極めて人間くさい存在となり、子どもの意地…