松崎再訪

五月十四日(木)晴
家を八時過ぎに出で車にて伊豆に向かふ。今囘は直接松崎に行くので新東名の長泉インターで降り伊豆縦貫道を通つた爲案外早く十一時半に松崎に着いた。少し早いが鰻の三好本店に入る。先日名古屋で食べたひつまぶし備長本店の鰻が驚く程不味かつたので、リベンジの意味もあつて鰻にした處、此れが實に美味であつた。今まで食べた旨い鰻のトツプスリーには入る味である。大いに滿足し益々松崎が氣に入る。其れから近藤平三郎生家横の觀光協會に往き、散策マツプを貰つてナマコ壁の街並みを見て伊豆文邸などを見學す。一時になつたのでH氏の店に赴く。H氏の遠縁でもあり甲斐荘彦の養家でもある木場のK家から借りて來た古い寫眞を見せて貰ふのが今囘の目的である。まづは彦さんの義理の父や兄のハイカラな姿を見てから、甲斐荘家の集合寫眞に移り、更に彦さんと思しき寫眞を差し出すH氏。其れは婚礼寫眞で成程花嫁は美しいのだが、殘念ながら新夫は楠香ではないので彦さんではない。では、と言つて取り出したのが一枚の寫眞。其処には可愛らしい若い女性だけが冩つてゐる。『横櫛』の妖艶な顔貌とは余り似てゐないが、撫で肩の着物の立ち姿には似た雰囲氣がある。そして何より其の寫眞には京都井上寫眞館と記されてゐるのである。さう言へば京都寺町通りの下御霊神社の傍に古い寫眞館があつたやうな氣がする。まだ確定は出來ないが、此れが彦さんだとすると甲斐庄楠音研究に資する處大であるばかりでなく、余の楠香評傳にも貴重な資料となる。H氏、いや親しみを込めて「しんちやん」のお蔭である。血縁上は彦さんが大伯母に當るしんちやんは此の件をきつかけに親戚を廻つて自らの祖先の生き方にも興味を持つて色々調べて呉れてゐる。一旦近くの温泉宿に投じて一風呂浴びた後再びしんちやんの店に行き家人と三人で町役場近くの「久遠」といふ料理屋に行く。和の創作料理を食し日本酒を飲みながら歓談。しんちやんは余よりひとつ年上であつた。明治以降の松崎の人々のことや彦さんについての今後の調査の進め方など、樂しく語り合つて十時に至り散會。宿に戻るや余は直ぐに寝るも、家人は再び温泉に行つたやうである。