小園のお銀様

八月五日(火)
渡邊崋山『游相日記』讀了。三一書房の「日本庶民生活史料集成」第三巻を借りて讀んだのである。是は他に高山彦九郎の「北行日記」や「菅江眞澄遊覽記」、古河古松軒の「東遊雜記」等を収める實に良い本だと思ふ。先日芳賀徹の『渡邊崋山‐優しい旅びと』を讀み、主君の生母お銀様を現在の綾瀬は小園に崋山が訪ねる道中のいきさつを知り、是非とも讀みたくなつたものである。少年期の崋山が垣間見た美しく優しいお銀様が、屋敷から下つて相模の在の百姓の妻となり、今や年老いて見間違へる程變はり果ててはゐるものの、漢文脈による簡略で控へ目な崋山の筆致は其れでも優しさに満ちてゐて、再會の様子は感動的である。其の日不在で、翌日厚木まで崋山を追ひ掛けて挨拶に來たお銀様の今の旦那清蔵の素朴さも好ましい。其れにしても、崋山が旅の途上で出會ふ人々との交歓は羨ましい程に愉しげである。勿論「優しい旅びと」崋山の威厳がありながら親しみやすい人柄にも因るのであらうが、江戸末期の、幕末の風雲が來襲する少し前の穏やかで懐の深い社會のあり様を知る思ひである。