煎茶五流

十月五日(日)陰後雨
昨日に續いて着物を着て九時前宿を出る。驛ビルにて晝食を購ひて後、徒歩渉成園枳殻邸に赴く。先日會食せしI氏夫人が属する煎茶道流派も席を出す、互流會の茶會の會場である。十時からの開始なるも颱風も近づく事なれば、出來う限り早く歸途に就くべく早めに出掛けたのである。一番奥の滴翠軒に進み、広間に坐して待つ事暫しにて、人數満たずと雖も余り待たせてはとの席主の配慮から、三名にて点前が始まる。池を望み背後に小滝があつて瀧落ちの水音の心地よい席にて、床には橋本關雪の瀧に高士の圖を掛けらる。滝音を馳走にて、菓子は中津川すやの栗きんとんを味はひ心静かに玉露二煎を喫す。東仙流也。
滴翠軒
次いで廊下續きの臨池亭の広間にて既に点前の始まる椅子席に遅参。永晈流のほうじ茶席にて菓子の代りに鮓なるも旨し。但し、床の軸の何代か前の家元の手になるものてふ「破顔一笑」は正に笑ふより他なき珍物也。辞して印月池の汀を歩み大玄關より閬風亭に入る。まづI氏夫人の属する宝山流の煎茶席に列す。丁度余等の処にI氏夫人お運びにて茶を給す。此方の軸は禅僧の墨跡にて結構整ふ。また席に石川丈山の隷書にて「閬風亭」の扁額掛るも嬉し。I氏も手つだいとて袴姿にて立ち働き居り挨拶を交す。
直後に隣の賣茶竹延流の蘭茶席に入るを得る。床に漆器の水盤を置き水を張るは月見の心にて趣きあれど、重ねて「月」の字を傍に置くは興ざめ也。此処は留守繪の精神にてありたきものなりき。点前を為す卓は班竹を用いた瀟洒なものにて客の賞賛を受く見事なもの也。蘭茶は蘭の花の塩漬けを湯に浸して喫するものにて薫り馥郁たり。是もまた一興。
立礼卓
水盤の床/軸はともかく、花瓶の横に「月」の字の見える団扇(?)が余計である
最後は待合にてやや待たされた後、五席目の東阿部流の玉露席に入る。家人の習ふ流派なれば作法や所作も慣れ親しみたるものにて心安く二煎を喫す。既に正午を過ぎ雲行きも怪しくなりたれば、急ぎ辞して徒歩京都驛に至り新幹線の予約を早めてから宿に戻り、預けた荷物を受け取つてぽつぽつ降り出した中を再び驛に戻り二時過ぎの新幹線にて歸濱。戻れば既に雨足激しく、驛よりタクシーを拾ひたれば大して着物を濡らす事なく無事歸り了んぬ。