邂逅 

九月七日(金)晴
椿事有り。勤務先には研究所なれば専門書を置く圖書室あり。之の他に一室を設けて社員の文化活動に資する為小説雑書の類を貸出す圖書を置く。此の度部屋の手狭になるか、或は閉鎖されるかによつて其の蔵書を食堂に至る廊下に並べて放出す。殆どが流行の大衆小説なれば余は敢て覗くこともせざれども、今日偶々一瞥をくれるに見覚えのある画集あり。手に取りて見ればヒエロニムス・ボスの画集にて仏語版也。俄かに其れが嘗て余の蔵せし本なる事を知る。見れば表紙には余の筆跡にて「画集二冊寄贈します」と書かれし付箋が當時のまま貼られてあり。もう一冊はデユーラーの銅版画集であつたと記憶す。何故そんなことをしたかと言ふと、十五年以上前に余が最初の離婚をした際無一文になつて独身寮に転がり込むといふ事があり、大方の蔵書は実家に預けたものの、巴里で買ひ求めた大版の画集の置き場に困つた挙句、一部は人にあげたり売つたりしたものの殘りを、流石に捨てるに忍びず、前述の圖書室にそつと置いてをくことにしたのである。すつかり忘れ果ててゐた本だけに懐かしく、思はず其のまま貰つて帰る事にした。確か画集の他にも何冊か勝手に置いてをいた筈だが、それまでは捜してゐない。とにかく数奇とまでは言はぬまでも妙な縁で再び余の所有に戻つた訳で、書物といふ「物」が持つ奇縁に驚くばかりである。電子書籍とやらでは、かういふ事は起り得ぬだらうと言ひたい訳である。