所在なき日々

四月七日(木)陰
慌ただしく、また何か落ち着いて仕事に取り組む時間もないままに日々が過ぎてゆく。昨日は久しぶりに古巢の研究所に行く用があつたが、人も變はり組織も變はり、既に余の居場所は無いもののやうであつた。さりとて、「經理」と「総務人事」といふ、余とは確実に人種の違ふ人々に囲まれた今の職場も極めて居心地が惡く、ふわふわと落ち着かない。何より誰もが仕事をしてゐるフリをしてゐるやうな感があつて、馴染めないのである。調香師といふのは、処方を書いて香料が賣れればそれでいい譯だから、強いて仕事をしてゐるフリをしなくてもいいし、實際ふらふら歩き廻つて冗談を飛ばしたりおふざけをしてゐても誰も何とも思はない。しかも、机は半個室型で比較的高いパーテイシヨンで仕切られてゐるので周囲の目も氣にならない。要するに、仕事をしてゐるフリをする必要がないのである。ところが、周りの「管理」部門の人たちは皆仕事をしてゐるフリだけでなく、限りなく真面目なフリをしてゐる。いや、實際に真面目にきちんと仕事をしてゐるのかも知れないが、同時にお互ひを監視し合つてゐるやうな雰囲氣があつて、さうした中で自分が仕事をしなければならないのが苦痛でならないのである。余の最も苦手なことが、真面目のフリなのだから堪らない。
何をしてゐてもさうしたストレスに曝されてゐるからであらう、三時に自分で珈琲を淹れて甘いものを少し食べるのが何より樂しみなのである。恐らく、OLが密かな息抜きにお菓子を食べるひと時の安堵と同じ類のものであらう。今は彼女たちの氣持ちが痛い程よく分かる。それにしても、余は自分は何処にゐても何をしてゐても場違ひな感じがする。余に合ふ職場などといふものはないのかも知れない。今更氣づいても何にもならないのだが。