ビーピー

四月の後半はこんなに寒かつただらうか。
もの悲しさばかりが募る春である。眩暈と吐気が続いてゐたので会社の看護師に相談したところ血圧が高いことが判明した。今まで一度たりとも高血圧などと言はれたことがないので驚いた。尤も、高血圧といふ程でもなく普段全く正常な人の場合に変調が出る程度らしいが、肩凝りや首筋の凝りもひどく脳への酸素不足を補ふやうな生あくびばかり出る。普通、かうしたことは読む人を心配させるので書かないものらしいが、わたしは書かずには居られない。ただ、決して此れを読むこともないけれど今の状態やこの先悪化した場合のことを知られたくない人といふのもゐて、其れは前妻のMさんである。何故なら、知つても心配すらしてくれなかつた場合のことを考へると其れだけで命が縮まりさうに思へてしまふからである。
今日は会社で仕事を続けられさうもなく早退して来たのだが、帰りの電車の中でぼんやりと、自分にはどうしても生き続けたいといふ意欲がないと感じてゐた。もうこれ以上苦しむこともないのだと思へば、成り行きに身を任せてもいいやうな気もするのだ。ただ、もしもの場合を考へて、家に居る間は玄関の鍵を掛けずに過ごすことにした。
私は年老いた。浮かれたり沈み込んだりを繰り返してゐるうちに、髪は白くなり肉体は瘠せ衰へた。散り際の桜よりも道端の名も知らぬ小さな花に目を落とすことの多い春である。