嫌な事

六月十日(金)陰
かつての部下で今は別の部署にゐる女と職場で擦れ違つた。嫌ひな人とはなるべく顔を合はせたくないものである。見かけた瞬間、其の人がわたしに向けたかつての悪意を思ひ出し、気持ちが萎えるのがわかる。もちろん、自分も無意識のうちに人を傷つけたり、何かに夢中になるあまり結果的に周囲の人たちに攻撃的になつたこともないとは言はないが、あれほどまで意識的かつ意図的に悪口を散々言ひ触らされた経験は今までになく、其れもそれまでは比較的気が合ふ方だと思つてゐた人だけにシヨツクは大きかつた。彼女の狙ひ通りわたしは格下げとなり、彼女は望む職種に復帰した。今となつては其の結果として調香師に戻れた事は幸ひだと思つてゐるので、彼女を憎む気持ちはないが、それでも嫌はなくなることは出来ない。そして、可能な限り顔を合はせたくないと思ふ。勝ち誇つたやうに明るく挨拶をして来る様子に、わたしは人の心の砂漠を見る思ひがして、照り返しの強い光に目が眩んだかの如くに視線を落とすことしか出来ないのである。