格好いいジジイたち

八月十五日(月)晴
昼前より桜木町の映画館にて『大鹿村騒動記』を見る。改めて原田芳雄の格好良さと三國連太郎の存在感に圧倒される。映画自体も脚本がいいのかとても楽しめるし、よく出来てゐるのだが、とにかく芸達者な役者たちの語り口の見事さに痺れる。三國連太郎がちよつと口を開いただけで背後に映画何本分もの人間のドラマがちらつくし、原田芳雄のぞんざいな口の聞き方の中に影のやうに添ふ男の優しさと悲哀、石橋蓮司岸部一徳のいかにも自然な立ち居振る舞ひに滲み出る滑稽さ…。綺麗な顔をした若者には逆立ちしても出ない味はひであり、要するに何とも格好いいジジイたちなのである。それに比べるといつまでも青くさい若者風の役しか出来ない佐藤浩市の薄つぺらさだけが浮いて見える。
此の日映画の後わたしは久しぶりに実家に帰つて両親と会つたのだが、元大工の父が興に乗つて昔の事を話す其の口調は落語の中の江戸の職人を彷彿とさせ、枯れた声質もあつてさつき見た銀幕の中のジジイ達に劣らず格好良くて嬉しくなつてしまつた。わたしも原田や三國とまではいかなくても、此の父くらゐは格好のいいジジイになりたいと心から思つた。話し方、言葉遣ひ、口調、語り口、トーン、表情、しぐさ、眼差し…格好いいジジイから学びとるべき事はたくさんある。皺や弛みや白髪とともに、少しづつでもあんなジジイに成れるのだとしたら、歳を取るのも悪くはないと思ふ。