花粉到來

二月二十日(水)晴、極めて寒し
勤務時間内は割に忙しく仕事を為す。定時少し過ぎ退社し品川に向かふ。此の間目と鼻に花粉症の症状顕著となり、嫌な季節の到來を知る。七時より匂ひ関係の懇親会。ほぼいつものメンバー六名が集まる。余を除き皆名だたる一流優良企業の方々である。面白い話を色々聞く。特に食品や飲料のメーカーにお勤めの方々からは、余の知らぬ世界の話が聞けて興味深い。今囘印象に殘つたのは、ワインは熱や光のみならず振動にも弱いといふ話。だからソムリエは高いワインを開ける時は極めて慎重にやるといふ。ボトルをこつんとテーブルに當てた丈で、風味は劇的に変るらしい。まあ、其れだけなら別に大した話ではないだらうが、實は其の先がある。即ち亜米利加の大金持ちは仏蘭西から極上のボルドーやブルゴーニユを輸入する際、輸送中の振動を恐れて特別な飛行機を設へて運ばせるのだといふ。客室に相当する空間に、蕎麦屋の出前のバイクと同じ仕掛けの振り子式の振動制御装置を備へつけ、其処に高価なワインがずらりと並んでぶらさがつてゐるといふのである。一體幾らかかるのか想像だにし得ない。しかも、彼らはさうして大量に買ひ込んだワインを最高のタイミングで飲むために、一定期間経つとシヤトーに送り返し、栓を抜いて品質責任者に中味をチエツクさせ、傷んだものを外して良いものだけを再び瓶詰めしてコルク栓を付けて同じやうに送り戻して貰ふといふのだ。勿論、其の度例の同じ飛行機を使ふのである。當然是を繰り返せば量は減る。壱ダース送ると戻るのは八本程度らしい。かうして莫大な金と時間を掛けた上で、其のワインが最も美味しい時機を見計らつて飲むといふのだから、金持ちの欲望の深さは底知れぬものがあり、全く資本主義の闇を見る思ひがする。かういふ人間たちが、喰ふのに精一杯だつたり安ワインを旨さうに飲んでゐたりする庶民を虫けら同然に見下すのも到底不自然とは思へないのである。