ダブルブツキング

六月二十二日(月)晴
會社が用意した簡易宿泊施設で目が覚めた。体育館ほどの廣さにたくさんのベツドが一基づつ獨立して並んでゐる。皆白いシーツが敷かれて清潔な感じがする。七時過ぎらしく既に身支度を始めてゐる者もあるが、會社はすぐ近くなのであるから九時少し前まで寝てゐようと思ふ。ところがさうかうしてゐるうち間に合ひさうになくなり、慌ててシヤワーを浴びに行くが、自分の部屋に戻らうとして廊下を歩くのだが部屋番43がどうしても見つからない。4階は食堂なので3階からドアの番号を調べて行くが見つからず、階段を降りて外に出てしまふ。もう一度エントランスからロビーに行き、案内の處に行くが中の女性二人はお喋りを止めず私の方を振り向きもしないので私は少しむつとして鍵を臺の上に乱暴に投げ出して、此の部屋は何階ですかと訊く。すると鍵を見た案内係がちよつと驚いた顔をして、その部屋は○様のご予約ですといふ。私は、いやそんな事はない、現に自分の荷物が部屋に置いてある筈だと言ふと、今度は「お客様は夢を見ていらつしゃいます」などと言ひ出して埒が開かないので其の場を去り、再び部屋を探すことにした。見覚えのある部屋の前に出ると、其処には家族連れがゐる。私が鍵を差し込んで入らうとすると、慌ててちよつと待てと言つて先に入つてしまふ。續けて入ると自分たちの荷物を持ち出さうとするのだ。既に部屋に入られた事に驚きながらこれが○さんなのだと気付くが、さらに驚いた事には部屋には大勢の人間がゐるのである。彼らの會話から推測するに、○さんは私の會社の取引先の重役か何からしく私の振る舞ひにひどく腹を立ててゐるといふ。確かに、部屋を巡つて昨晩○氏らしき人と輕く會話を交はした記憶はあるが、特に失禮な事を言つた覚えはない。それなのに○氏は私に君の上司は誰だと居丈高に聞くので○山だと答へる。言ひ掛かりでもつける積りだらうが、こんな理不尽な話で私が叱られることはあるまいと思ふ。部屋には會社の營業もゐて○氏をとりなしてゐる。私は其の間着替へようと自分の衣類や鞄を探すがどうしても見つからない。私は裸同然の姿でゐるのである。一方激昂した○氏は其の會社の購入する香料に就き何か新しい規制を設けるなどと言ひ出してゐる。これには流石に我が社の營業も不服さうな顔をして、私もはつきりと「馬鹿じやないのか」と口に出してしまふ。營業は私が○氏にこんなことを言つたさうだがと、變な英語での言葉を話すが、勿論そんな事は言つた覚えはなく、全くの嫌がらせとしか思へない。私はやつと風呂に入る前に脱いだままになつてゐた下着を見つけ、仕方がないので再びそれを身につけた。それでもズボンを見つけ出せずにゐる。そして、會社の同僚女性も何人か部屋にゐるのに気付いて、○氏が乱入したお蔭で洗つてゐない下着を再び着るはめになつたと愚痴を言ふと、じろと私の方をみて「くさい」と言ふ。私は一體この騒動の原因は何なのだらうと考へ始めてゐた。