コクテル

10月15日(木)晴
昨夜から気温が下がり、朝起きてみると南仏とは言え結構寒い。9時にKさんが来て一緒にニースの空港に行く。コーヒーを飲み、到着の時間に出口に行くと程なく若宗匠と弟子で通訳もする女性が出て来た。1泊の滞在のためか荷物は少なめで着物も持って来なかった模様である。まずはグラース市内のホテルに向かう。中心部より何段か高いところにあるマンダリーナ・ホテルで、中心街にある私の泊まっているパティ・ホテルと比べると眺めが良い。二人がチェック・インをしてその他の用事を済ます間、私はKさんの案内でシャラボ社を見学することになった。一度訪れたことはあるのだが、何せ28年くらい前のことなので、ほとんど記憶がない。研究所の屋上から見るグラースの景色は格別であった。それから明日のシンポジウム会場となる図書館までの道を確かめてからホテルに戻ると若宗匠はまだ至急に送る原稿を書いているので、眺めの良いテラスで太陽が出て少し暖かくなった中ロゼのワインを飲みながら待つ。やがて終わって出発しようとすると、一人の長身のフランス人女性が驚いた顔をして近づいて来る。何とそれはシンポジウムの事務局長のベダール女史であった。メールでは何度もむやりとりしていたが、会うのは初めてである。夕方の約束の時間での再会を約して別れ、日本人四人は旧市街に行き広場で遅めの昼食をとる。一ヶ月前来た時には全くの夏の景色だったが、今日は日陰では少し寒さを感じるくらいの気温である。食事を終え3時前に私の泊まるパティホテルに行くと、すでに司会のカロリス氏が待っていた。明日のシンポジウムで若宗匠と私が話す際紹介するのと幾つか質問もするというのでその打ち合わせである。カロリス氏はフランスのNHKに当たるようなテレビ局の社長だった人の子息で、なるほど育ちの良さを感じさせる長身の美男子である。ただ、本来その父上が司会のはずが急遽代役となったようで、少々ナーバスになっているようにも見受けられた。打ち合わせを終え、夜まで時間のある若宗匠と通訳役はホテルに戻り、Kさんも職場に戻った。私は5時からのシンポジウムのプレ行事である講演を聞くためパレドコングレに行くと、会場が香水博物館に変更になっていた。歩いてすぐのとこではあるが、すべてがこんな風である。行くと前から2列目のところに私の名があってそこに座る。シンポジウム参加者の席なのだがほとんど来ていない。嫌な予感はあったが、5時開始の予定も全く始まる様子もなく、やっと始まったと思ったら小太りのおじさんが地中海地方の庭園について、何でこんなに偉そうに話せるんだろうというような態度で話し始め、しかもそれが少しも面白くない。予定では6時までのはずなのに、その時間になってやっとスライドが始まるという段取りの悪さ。しかも、日本の庭の美しさを知っている私には、まあ中々綺麗にできてはいるが、それほど偉そうに語るものとも思えない。6時半近くになって、さすがにこれではいつになったら終わるか分からないと思い中座した。6時に終わるものと思って、かつての部下で今グラースで香料の勉強をしている女性と、会う約束をしていたのだ。何とか落ち合うことが出来て近くのカフェで話す。好きなことをやれているせいか、昔より楽しそうである。7時過ぎに別れて、私は徒歩ビラ・フラゴナールに行く。すでにKさんや若宗匠たちは着いて待っていた。暫くして国会議員ルルー氏とベダール女史が来て挨拶を交わし、明日の詳細やユネスコ登録に向けた今までの活動の歴史を話してくれる。上品だが偉ぶったところも妙にへりくだったところもない、気持ちのいい方である。やがてカクテル・パーティが始まり、色々な人から声をかけられたり紹介されたりしながら、何とかフランス語で会話を続ける。疲れるのは言うまでもない。ただ、最後にアニック・ルゲレを紹介されたのは嬉しかった。彼女の匂いや香りに関する著作は私が今までの本を書く上でとても参考になっていたし、今回彼女が来るのを知って会えるのを楽しみにしていたのである。この日は挨拶くらいしか出来なかったが、とにかく嬉しい。恐らく70代だろう、知的で物静かなおばあさんである。その後日本人は早めに退出し、私は歩いてホテルに戻った。やはり11時前には寝た。