読了

十一月三日(金)晴
二日前、やっと『南総里見八犬伝』を読了した。岩波文庫で全十冊、四カ月かかった。主に朝晩の通勤時に読んでいたが、その間通勤時間があっという間に過ぎると感ずるほどに、十二分に楽しませて貰った感がある。まず以て日本文学中の傑作であり、長編部門のトップ10に入ることは疑い得ない。長いものと言えば、近代以降であれば中里介山大菩薩峠』(全41巻20冊)や山岡荘八徳川家康』(全26巻26冊)、吉川英治三国志』(全14巻5冊)のような長大なものを読んでいるが、原文で読んだ古典としては『源氏物語』『平家物語』に続く大作であり、それなりの充実感とともに、振りかえれば数々の名場面が思い起される。途中人名が錯綜して混乱したため、ガイドブック的な「図解里見八犬伝」なる本を求めたことにより、本文に戻るのではなくこのガイドを見ればすぐにその場面を思い出せるので大いに助かった。それにしても忘れ難い名場面は数限りない。中でも私が好きなのは荒芽山の騒動や庚申山の奇事、結城の大法要、河鯉孝嗣が処刑されかかったキリストのゴルゴダのような不忍池での椿事などである。八犬士の中では小文吾が一番好きである。猪と牛に勝つ力自慢でおおらかな感じがいい。道節の人間くささも嫌いではない。それと姨雪代四郎と蜑崎十一郎照文も好きだ。照文など京への遣いを始め各地を巡るその健脚と八犬士を助ける数々の働きはある意味この物語中随一ではないか。悪党の中では素藤の成りあがり方はピカレスクロマンとして絶品であろう。女悪党では何といっても船虫が強烈だ。この登場人物、八犬伝を子どもの頃読んだ人にはあまり知られていないという。余りに強烈で色欲まみれなので子どもには刺激が強過ぎるので敢て子供向けのリライト版では削除されてしまうのだ。八犬伝のいろいろなディテールや仕掛け、さまざまな動物、妖怪について、あれ凄かったよねとか、あそこの伏線はここにあったのは知ってた?などと話し合える友がいたら最高なのだが、中々見いだし難いのは悲しい事である。唯一畏友橋本先生はその抜群の記憶力で話の筋やディテールをかなり知ってはいるものの、嘗ての人形劇「新・八犬伝」を元にしているので、原作とはかなり異なっているのが残念である。