異臭懇談会

七時より品川の居酒屋にて「異臭懇談会」なる異業種・異臭の集りに出る。余の参加するのは三回目にて、本日は中心メンバー五名。もともと食品や飲料の品質保証上で問題となる異臭の分析や同定に関る人たちのネツトワークが、匂ひや香りの業界の人間を巻き込んで、仕事上の問題を離れて「異臭」や「匂ひ」について語り合ふといふ趣旨にて始まつたもの。同じ「匂ひ」を問題としながら、こんなにも各々の立場で観点や付随する情報や用語の違ひがあるのかといふ驚きがあり、知らぬ世界の話を聞く面白さがあり、普段の職務上の関係を離れて考へてゐることを語り合ふ楽しさをいつも感じさせてくれる会である。刺激にもなり仕事に役立つ事もあつて、毎回楽しみに出掛けてゐる。今回もいろいろ面白い話はあつたが、一番印象的だつたのが幹事役のIさんの話。其れはIさんと奥さんのなれそめから始まるのだが、並みのお惚気話とは訳が違ふ。Iさんは奥さんとなる其の女性と出会つて八日目で結婚を決めたさうであるが、Iさんのプロポーズを受諾した理由を暫く後になつて聞くと、其れが「匂ひ」だつたと言ふのである。Iさんの匂ひが気に入つて一緒になることになり、結婚前にはIさんの一人住まいのアパートに一人で行つて、Iさんの其の匂ひの正体が何であるかを突き止めた。彼女の感じるIさんの匂ひの発生源を求めて行くと、其れはIさんの使つてゐた枕だつたといふ。匂ひの強度に導かれて探り当てたといふのだから凄い。しかし話は其処で終はらない。二人には其の後娘さんが二人生まれたのだが、其の二人の娘に対するIさんの態度を何年か観察した挙句、Iさんが奥さんの匂ひを受け継いだ娘の方をより可愛がり、逆にIさんの匂ひに近いもう一人の娘の方を敬遠しがちであることを発見して、「思つた通りだつた」とIさんに告げたといふのである。此れは正に、自分の遺伝子型と異なる遺伝子型を持つ異性を配偶者に選ぶ傾向があるといふ、嗅覚研究の世界では良く知られたテーゼの「実」実験結果に他ならない。素晴らしい嗅覚と観察力を持つた奥さんなのだが、残念ながら懇談会には参加されてゐない。こんな話が次から次へと飛び出して、匂ひの奥深さや人間といふものの不思議さを改めて痛感させてくれることの多い会合なのである。