猫兎レール

恐らく遍路の途中なのだらうが、雨の中カツパを着てわたしは歩いてゐる。ただ、金剛杖もリユツクも持たず軽装で、前日泊まつた宿に荷物を置いて来たらしく其処に戻らうとしてゐるやうだ。田舎の町の中を歩いてゐると道路にお餅を敷き延べてある。此処らの風習なのだらうと踏まないやうに注意して歩くうち道が行き止まりになつてしまつた。已む無く森の中を下つて行くと線路が見え、丁度一両編成の列車が通過するところであつた。やり過してから線路を渡らうとして枕木を踏むと、枕木もろともレールが二メートルばかりはずれてしまつた。よく見るとレールは木を切つたまま枝もついたもので、わたしは何とか木をレールの幅に合せて置き直すが、とても其の上を列車が無事に通れるとは思はれない。途方に暮れるが宿にも急いで帰らねばならず、線路から断崖の下まで伸びる橋脚を伝わつて降りようとすると、下から大学生くらいの若い男性が此処から降りてはいけないと言ふ。其の通りだと思ひレールの事を相談すると、次の瞬間には彼はすでにわたしの横にゐて、一緒にレールを見てゐる。これでは事故になりかねないから発炎筒を焚いて列車を止めやうといふことになり、わたしは次はさつき通つた列車とは反対の方向から来るに違ひないと思ひ、そちらに置くやうに指示する。線路は既に小屋の中に在り、大学生は小屋のどこからか発炎筒を探し出して焚き始める。まずは事故を防げたと思ひほつとして改めてレールを見ると、片方のレールは猫と兎の合ひの子のやうな動物が、尻尾を木に結ばれて寝そべる格好にさせられてゐるだけであることがわかつた。わたしと大学生は、これではとても列車は通過できないと顔を見合はせる。すると、其の猫兎が尻尾の木を引き摺りながらぴよんぴよん跳んで逃げ出したのである。小屋の片隅に追い込んだものの、とてもおとなしくレールに戻つてくれさうにない。わたしは宿に置いて来た荷物をもう諦めるより他はないと思ひ始めてゐた。