鎌倉の桜

四月八日(金)晴風強し
有給休暇を取り、一時帰国中の友人と鎌倉の桜を見に行く。此れに際し有給取得の届を会社に出すのだが、わたしは事由欄に「花見」と書いた。普通は「私用」で済ますのを、時期だけに正直に書いたのだが、さういふ処が上役やお偉いさんに嫌はれる理由なのだらう。わかつてはゐるのだがやつてしまふ。嫌はれたつて構ひはしないといふ倨傲な気持ちは確かにあり、其れがわかるから余計に嫌はれるのであらう。
さて、車でまず材木座光明寺に向ふ。わたしは行つたことがなく桜の名所と書いてあるのを見て行つたのだが、何と友人の古い知人の家が門前の正に目の前にあつて、彼は其の家の庭でバーベキユーなどして楽しんだことがあると言ふ。丁度留守にしてゐたやうで、訪ねる事もなかつたが奇遇である。寺の方は鎌倉では大きい部類に入る山門が印象的で、建長寺並であらう。境内の桜は綺麗だが思つたほど多くなく、本堂の脇にある枯山水を見て、反対側の池泉式の庭園に行かうとしたら廊下が工事中で見られず残念であつた。とにかく海辺のせゐもあつて風が強く、寺を出て材木座の海岸に出たら頭髪や服のポケツトなどが砂だらけになつてしまつた。
其れから旧華頂宮邸を見に行き、帰りに報国寺に寄る。此処は竹の庭として有名だが、竹林のみならず本堂に向ふ参道左右もよく手が行き届いてゐて、鎌倉のどこか雑駁な印象の伴ふ古寺の中にあつて、京都の寺に近い趣を感じさせてくれる。苔むした地面が美しい上、桜も思ひの他綺麗であつた。竹のみどりを背景にした桜の花もまた美しい。友人の奢りで抹茶を喫してから名残惜しい気持ちのまま寺を後にする。
それから渋滞の鶴岡八幡宮周辺を抜けて建長寺に行く。隣接する鎌倉学園に用事のある友人と別れ、独りで境内に入る。さう、今日四月八日はお釈迦様生誕、即ち降誕会であり、建長寺は此の日拝観無料となつてゐて、本堂前では甘茶の振舞があつた。此処も何度も来たことがあり大した期待はしてゐなかつたものの、思ひの他桜が見事であつた。寺の古い山門や諸堂と桜は程よい色彩のコントラストを為すものらしく、一際花の美しさを感ずる。桜並木や花見で有名な公園の桜も見事ではあるが、古い寺の庭や境内に咲く数本の桜も日本ならではの華やかさがあつて捨て難いものであることを今回改めて認識させられた。
用事の済んだ友人と次いで円覚寺に行く。こちらも更に桜の数は少ないが、わたしとしては其の佇まいが建長寺より好きな事もあつて、穏やかな気持ちで境内の散策を楽しむことができた。風も海岸に比べれば大分弱まつてゐるやうであつた。
其の後明月院まで足を伸ばすが、すでに門を閉ざした後であつたのは残念であつたが、友人も久しぶりの日本の春を堪能したと言つてくれたので何よりであつた。



光明寺 山門と石庭



報国寺の桜と竹林



建長寺山門と桜及び桜の木肌に現れた桜文様と其のアツプ