香水トレンド

ここ数年、新しく発売された香水のうち主だつたものを嗅いで評価し、関係者全体を集めた評価会に出す香水の選定をしてゐる。「香水タスクチーム」と称して月に何回か集まつて、日本で買ひ求めた香水や海外のアフイリエイトから送つて貰つた香水をリストに従つて嗅いで点数を付け、その香りをもとにどんな商品への展開が可能かを検討するのである。メンバーは調香師のわたしと、マーケテイングから一名、研究の評価グループから一名の三人で、一回一二時間で時によつて三十個以上の香水を嗅ぐ。
恐らく、此の仕事に携はるやうになつて以来、万の単位ではないだろうが何千といふ単位の市販される香水を嗅いで来た。1990年代から、発売される香水の数が飛躍的に増えたから、とてもすべてを嗅ぎ切れるものではないが、有名ブランドのものや売れ筋、話題や人気の商品については殆ど目を通す、ならぬ鼻を通してきたはずである。出る香水が多いといふことは残る香水も少ないといふことでもあり、かつてのやうなロングセラーは出にくくなつてゐるのだが、其の分時代の変化が香りやフラコン、パツケージ、そして広告などに如実に現れて来て、定点観測的に見続けてゐると色々面白いことが見えてくるのも確かである。最近はメンバーの好みや得意先の興味により、単に香りだけでなくパツケージやフラコン(即ち香水ボトル)、キャツプやアトマイザーヘッド、箱などのデザインや素材、色目、ロゴの位置や書体などのトレンドをもかなり意識して見るやうになつた。ブランドの変遷や盛衰、広告写真のイコノロジーまで含めれば、新しく発売される香水を見るとは、時代の潮流を凝視する事に他ならないから、面白くて仕方がない。特に、マーケテイングの若い女性とは感性が合ふのか、香りやボトル、或いは香水に名を冠したフアツシヨン・デザイナーについて、感じること思ふことをそのまま言ひ合ふだけで、共感や刺激に満ちた会話となつて楽しいのである。
此処ではそれらを概観する暇はないが、今日嗅いだ分を含め最近感じたことを列挙してみたい。
ローズをテーマにした香水はここ数年ずつとトレンドになつてゐるが、ナチユラルな薔薇の香りを目指す「写実主義」はニツチな商品を除けば消滅しつつあり、天然香料を一部に使ひながらもローズといふイデーを顕現させやうとする方向と、キツチユでポツプな分かりやすく親しみやすい「ローズらしさ」へ向ふグループに二極化して来たやうだ。
パツケージの色目では、暫く続いた金や黒に変はつて、シヤンパーニユ・ローズや薄いピンクが目だつて来た。
アシンメトリーなフラコンも増えてゐる一方で、極めてシンプルでスクエアなボトルも根強い人気がある。金属製の重厚感・高級感のあるキャツプも増えてゐる。
今年のサマーバージヨンは男性ものでは青を一部に使つたデザインが多く、香りはミント系を入れた涼しげで爽やかなものが多かつた。夏限定品としてはまずまずの出来といへるものが殆どである。ボトルの形状は同じまま、色目や装飾を変へただけのシリーズものも多く、恐らく毎年買ひ求めてコレクシヨンとされることを前提してゐるやうである。
さらに、実際に身につけて貰ふことよりも、香水の名前が喚起するイメージや情景を香りで如何に表現するかを目的としたかのやうな商品が目立つて来た。さうした目で見ればなるほど良く出来た香りで、われわれのやうに匂ひ紙につけて純粋に香りを嗅ぐ分には「芸術作品」としての鑑賞も可能だが、ではからだに吹きつけるかと言はれれば、とても自分では使ふ気にはなれないといふものもある。香水における表現主義、乃至芸術至上主義とでも呼ぶべきであらうか。
古典的な意味におけるパルフアム(香水)らしい香りは減つてゐる。むしろ、ボデイクリームの香料がアルコールに溶かして売られてゐると言つた方がいいやうなものが多い。
それにしても、これだけ多くの香水が発売されてゐるといふのに、日本の若い女性が好む香水の何と限られた数であることか。好みの幅が狭いのか、そもそも自分が好む香りが何であるかを知らぬかのどちらかであらう。