仕事、私ごと、わたくしごと

仕事が楽しい。一時に比べるとかなり忙しくなつてゐるのだが、暇をもて余すよりは遥かに健全に、香り作りに取り組んでゐる。今期の売上げ目標やら、研究課題とか年度の予算組、勤務評定など一切の責任から逃れて、創香に集中できるのだから有難い話である。売上げや利益などお構ひなく、与へられた仕事に一所懸命に取り組むだけである。良い香りが出来上がれば、それで十分に楽しい。香りを作るといふ仕事は、やはり職業としてかなり面白いもののひとつだらうと思ふ。実際には他の調香師は皆不満や不平、ストレスや憤懣を抱へてゐるのだらうが、其れはまださうした人たちが会社での栄達や出世の可能性を残してゐるからの話で、わたしのやうに其の見込みがなくなつてしまへば怖いものはなく、純粋に香り作りを楽しめるのである。
香りのことを考へながら匂ひ紙を手に歩き回つてゐたら、今日は何人かの同僚から、「楽しさうですね」とか「やつぱり、匂ひ紙を手にした姿が似合ひますね」などと言はれて尚気をよくした。ぼんやり暇を潰してゐるよりは忙しくしてゐる方がいいに決まつてゐる。過去二年間わたしを閑職に追ひ遣り碌な仕事を与へなかつた上司の事は一生忘れることはないだらう。恨むつもりはないが、唾棄すべき人間であることを忘れることはない。もはや人の上に立つことはないにしても、こやつのやうな真似だけはすまいと心に刻んでゐる。軽蔑といふ言葉の意味を教へて貰つたことには感謝せねばなるまいが。