有松の一日

八月十一日(木)晴
犬山より名鉄を乗り継いで有松に到る。N子が懇意にさせて貰つてゐる有松絞りの老舗の当主で有松絞り・藍染作家のT氏を訪ねる。其の世界では高名な方にて余は勿論初めて会ふも、偉ぶつたところが少しもなく、色々な話を楽しく伺ふ。広い邸内を案内して戴き、古き日本家屋の素晴らしさに接することを得る。特に茶室では中に座つてじつくりと観察することが出来、昨日の如庵より余程勉強になる。軒といふものの大切さを、夏の盛りに茶室に座つて初めて実感する。室内が眩しすぎる外光からぐつと隔てられるとともに、軒先のコントラストの効いた日向に揺れる前栽の影が実に美しい。



T家の茶室と軒



有松の蔵、蕎麦屋、蔵

昼餉を取りに三人で古い町並みの残る有松の旧東海道を歩き、途中骨董屋で水指など見た後蕎麦屋で蕎麦を食す。其処の店も元は有松絞りの店たりし建物を其の儘使ふものにて食後には奥の座敷や庭を見せて貰ふ。再び東海道を戻り、有松絞り会館を見学の後T氏の運転するジヤグワーにて、知り合ひの西洋アンテイークの店に赴き、アイスコーヒーを飲みながら店主夫妻交へ四方山話。思ひも掛けぬ形で様々な方と知己を得ることが多いのが最近のわたしである。
再びT氏宅に戻り話し込み、夕暮れも迫れば再び外に出て有松駅近くの寿司屋に行く。名古屋の地酒九平次を飲みながら旨い鮨を食す。有名な先生にも関はらず一日お付合ひ戴いた訳である。一流を知る人ならではの話も沢山伺ひ、特別な一日であつた。