地なし尺八

六月四日(月)晴後陰
十時にホテルを出で歩いて京都芸術センターに赴く。思つてゐたよりも近く、徒歩五・六分の距離であつた。明倫小学校の古い校舎を其の儘利用したノスタルジツクな多目的施設にて、まずは尺八の展示即売会場に足を運ぶ。二尺一寸管が欲しくて幾つか吹いてみるに、二管ほど気に入つたものがあつた。ひとつは四十五万がフエステイバル会期中の特別価格とて三十二万。見た感じも音も良いのだが如何せん高い。もうひとつは延べ管で二十五万。両方とも地ありだが管が太いせゐか音も柔らかい上ノイズも少なく上物である。思はずN子に電話を掛けて相談するも結局自重。十一時より二階の畳み敷きで格天井のある書院風の大広間にて浜松市楽器博物館所蔵の古管を使つたコンサート。古管や地なし尺八の説明もあり興味深く聞く。また、通常の尺八とは音味が異なる地なしの、それも古色蒼然たる名器を昨夜のコンサートにて演奏せし一流の奏者が吹く訳だから味はひ深し。畳の上最前列で聴いたこともあり、昨夜の所謂コンサートよりも音色が心に染み渡る心地す。
十二時半過ぎ終り、神先生令先生と同門のA氏の四人で近くに食事に行き神先生のご馳走になる。其の後余はひとり錦通り経由で河原町通りに出で古本屋を何軒か巡り、大学堂にて中田勇次郎の『文房清玩』第二巻を見つけて購ふ。それから寺町通りを上り再び夷川通りに行き、漆器店にて昨日見つけて気になつてゐた香包みを入れるのに丁度良ささうな蒔絵の入つた小匣を見せて貰ふも想像してゐたのと中の作りが違つたので購入を見送る。一度ホテルに戻つて少憩の後再度芸術センターまで歩く。五時半より九州大学の教授による古管尺八の音響学的な研究結果の講演を聞く。得意の英語で説明し、却て日本語の説明が疎かになりがちだつたが、幾つか新しい知見を得た。二尺一寸もどうせ買ふなら地なしにしたくなつた。ピーヒヤラ技巧的に吹きたい人も多いやうだが、古典本曲なら地なしの方が良いし、自分の好む音味ではあり、多少難しくはあるが挑戦したいものだと思つてゐる。神先生らに挨拶をしてからひとり室町通りを上り、簡単な夕食を取つた後ホテルに戻る。二日目になるとテレビを見る気にもなれないが、たまたまつけた時間帯のイタリア語講座に北村一樹が出てゐて驚く。出てゐるイタリア人より濃い貌つきでイタリア人ぽくて笑つてしまふ。さらに次の基礎英会話には肘井美佳が出てゐてさらに驚く。北村も肘井も好きな俳優なのである。其の後持参したPCに日乘を打ち込むうち十一時になりたれば就寝す。