日本画と香

六月十日(日)晴後雨後陰
午前中衣更へと暖房器具など冬のものの片付を行ふ。其れでもまだ完全には夏の生活へと切り替へが済まず、来週以降に持ち越し。昼食後N子と倶に東横線経由で恵比寿に出で、徒歩山種美術館に到り福田平八郎展を観る。綺麗な色であり、美しいコンポジシヨンであり、派手さはないが心を落ち着かせる画風である。やはり日本画はいいものだと思ふ。松岡先生もお好きなやうだが、かういふ水準の絵画が綿々と描き続けられてゐることは頼もしくもあり、安心させられる事でもあらう。有名な「漣」はやはり素晴らしく、モネよりも光と水が戯れる美しさを感じさせてくれる。とは言へ、展示の点数から考へると此れで1200円は高いのではないか。近代美術館の入館料と作品の質と比べるとその感は強い。
恵比寿に戻り山手線で原宿に移動し、カフエで軽い食事を取つた後妙喜庵にて五時より久しぶりの香席。今日は焚き合せで七種の香を聞いて感想や印象を各人が綴るといふ趣向。

香銘と余の感想は下記の如し
一、 山桜花 晴空を背にした深山に匂ふが如し
二、 孤雲 松の梢に宿りし苔の霧に霞む風情
三、 友呼ぶ聲 甘さの中に凛とした姿あり
四、 彩虹 龍の鱗に輝く光
五、 あらたま 繭の肌さはり。ほのかに白し
六、 すみだ川 晩春の午後に吹くやはらかき風の薫り
七、 月之舟 サンドベージユの世界に遊ぶ

当てる必要がない分落ち着いて香を愉しむことが出来るし、印象を書いて置くことで各香木の香りの印象が記憶として残りやすいやうで、楽しい香席であつた。しかも先生が此の五月に香銘を披露した香木「さゆり葉」を頂戴した上、今日聞いた香木のうち一番好ましく思へた「孤雲」と「山桜花」の焚き殻も戴き、とても得した気分である。ここの処忙しくて中々参加できなかつたが、月に一度くらゐはかうした贅沢な時間を過ごしたいものだと改めて思ふ。六時半散会となり、混雑する竹下通りを避けて細い道を辿つて明治通りに出で、表参道から渋谷に向けて再び路地を進んでN子の友人Tさんが最近開いた店に行く。衣服の直しを受けるとともにアンテイークや洋服などのセレクトシヨツプを兼ねる店舗にて、余はTさんとは初見なるも親しみやすき人柄もあり、昔の話など三人で話し込むこと暫しに及ぶ。八時前辞して渋谷まで歩き、東横線で横浜、其処から根岸線にて帰路に就く。帰宅九時少し過ぎ。