温泉三昧

六月二十四日(日)陰
朝七時起床。昨日いつもより沢山酒を飲んだ筈なのに宿酔頭痛なし。蓋し楽しくストレス無き酒席なればならむ。散歩に出で善知鳥神社に赴く。駅前通りを戻りパンを買つて部屋に戻り朝食と為す。九時前チエツクアウトをして再びアスパムに行き土産物など購ふ内九時半になり、M内さんが今度はひとりで迎へに來たり、車にて一路八甲田温泉を目指す。山の中にある湯治場風の温泉にて、昨年の大地震後一時湯が出なくなつてゐたものの、最近復旧せしと云ふ。屋内の風呂は温度別に細かく仕切られた乳白色の温泉なるも、露天風呂はといふと硫黄の匂ひ漂ふ透明な炭酸泉にて、此処の如くに同じ温泉で二種の湯を愉しめるのは国内でも稀であるらしい。ゆつくりと湯に浸かつてから青森に戻り、M内さん行きつけの寿司屋にて寿司をご馳走になる。其れから余が昨日より食べたしと思ひゐたる焼きそばを売る店に寄つて二人分買ひ込んだ後青森駅まで送られて別る。此の日当初夜の特急で帰る筈なるも、函館滞在中雨に祟られて行くべき処にも行けなかつた事もあり、朝の特急にて戻る予定に変更したるも、M内さんが休日返上で附き合つて下さるといふ好意に甘え、半日遅らせた訳である。昨日時刻表を調べたところ十二時台に特急なく、止む無く一時過ぎの特急を待つつもりで駅に赴くに、何と三分後に出発の臨時特急有り。慌てて改札を抜け空いた車中に席を得る。車上焼きそばを食す。二時半函館に帰着し、市電の一日フリーパスを購入の上市電で十字街まで出で、徒歩元町の伯母の家に行き土産物など預つて貰ひ、其処から歩いて函館ドツク方面にある称名寺に赴く。此処にN子の母方の祖先である近江家の墓があり、N子の希望で墓前で結婚の報告を為す。坂を下り市電の終点函館どつく前より市電で五稜郭に行き、丸井今井虎杖浜の鱈子始め海産物等を買ひ込み、一旦谷地頭の別業に戻る。函館山の上空に霧雲懸り夜景の見えざる事を慮るも、最後の晩なれば夕食後市電経由でロープウエイ乗場に至り、大して待つ事もなく函館山上に登る。
此処からの眺めは、二十七年前の夏S美さんと一緒に眺めて其の美しさに感動せし記憶のいまだに新鮮なるも、すでに函館市街地の寂れたる様子を目にしたり、N子からも嘗ての賑やかさや華やかさの失はれし事を聞いたりしてゐたから、美しい思ひ出が失はれるのを恐れる気持ちもあり。恐る恐る眺め遣るに、確かに昔日の街の灯の宝石を零したやうな煌めきはないものの、其れなりに綺麗な夜景である。矢張り市街中心部に向けて東西の海岸線の括れた地形は他所にはない魅力であり、冷たい風の吹く中N子と倶に見る此の夜景を目に焼き付けて置かうと目を凝らした。

前回來た時とはロープウエイの車両も山頂の施設・展望台も一新されて、如何に多くの時間が流れたかを知る。再びかうして函館の夜景を眺められた事を喜び、感謝するより他はない。良い旅であつたといふ満足感を胸に、再び市電に乗つて谷地頭に帰る。明日は早くも帰浜である。