述懐

十九年前現在の土地に余の勤務する研究所が移転して來た時、七階の職場の窓からは海が見えた。夏には相模川の河口で打ち上げられる花火まで見えたものである。それから月日が流れ、当時は界隈で一番高い建物であつた研究所の周囲にも高層マンシオンやビルが建ち、もはや海を見ることは出來ない。今日偶々職場の冷房装置が壊れ、風を通す為に窓を開ける際久しぶりに眼下の景色を眺め、改めてその変貌ぶりに驚かされた。二十年に近い時間を、途中抜ける時期はあつたにせよ、この建物の中で過して來たのだと思へば感慨も深く、時の流れの速さに呆然とするばかりである。その間確かに様々な事が身近にも起り、仕事上にも変転はあつたが、そんなにも長い時間が過ぎたといふのに何事かを成し遂げたといふ満足感はない。ただ馬齢を重ねただけの話で、鏡を見れば白髪三千丈ならぬ白髪三千本の頭に成り果て老殘を重ねるのみの体たらくである。それでも、己の愚かさを身に染みて理解し得たお陰で、精神状態はずいぶんと穏やかで静穏とも平穏とも呼べる心持ちで日々を送ることも出來てゐるやうに思ふ。二十年前の活力や野心や向ふ氣の強さはもはや消え失せたが、多少なりとも相手の立場を考へ、感謝の気持ちを忘れず、安寧な態度を持続できるやうにはなつた。まだ気分や関心の変はり易さは殘つてゐるが、それも焦らず平げて之くのが樂しみでもある。海の見えなくなつた窓から、ほんの少し己の心の内側が覗けた、夏らしい暑い午後であつた。