お初香

一月十二日(日)晴
十時過ぎ着物にて家人と家を出で原宿妙喜庵に赴く。恒例のお初香也。門人にて先に茶室にて一茶を喫したる後香席第一席にて筆者を務む。福壽香の組香也。練習のやうには上手く書けず。椿事あり。正解を得て本來余の墨書せし記録を得るべき客の名の讀みを席主が余に間違へて傳へてゐた為、席を終へた後余が改めて正しき名前にて書き直す事となる。流石に此方は落ち着きて書き得れば、少しはましな出來となり、其の客にとりても余にとりても幸ひな結果となりぬ。
其の後立禮席にてお題香とて銘香五種を聞き、歌会始めのお題「静」にて和歌を詠む事例の如し。五種の中に百弐拾種名香の一、梅の風あり。流石に稠密にして雅味あり。又出香の妙喜こと玄香先生お好みの「梨羅」なる香木も奥床しく聞く。五時より弦楽四重奏の演奏を皆で聴きたる後春鹿の樽を開けて新春を賀すこと例年に変らず。参加せる者三十余名は殆ど和装にて、其の美を競ふ。中でも先生の、薄藍色の茶屋辻文様の着物と、南蛮宝船の刺繍の入つた帯は群を抜く美麗さにて、茶席を社中で受け持ちたる岳母も目を瞠られてをり。美酒とご馳走と歓談に時を過ごし、七時前散會となつて歸途に就く。インバネスのコートの他厚手の下着や足袋の下に履く履物など防寒對策も昨年より進めたれば、さして寒き思ひせず。年末來執筆の練習を重ね本番に備へたる緊張も解け、ほつとして早めに寝に就く。