人間製造機

三月五日(水)
トヨタの総合研究所に來てゐる。といふか、余も其処の研究員らしい。中央の巨大な建物には丸い大きなコンピユーターが置かれ、其れは生産効率を上げる為の人材育成に必要な食料の設計をしてゐるのだといふ。棚にはありとあらゆる食材が置かれてゐて、分析して研究してゐるらしい。いよいよ利益を上げる為に人間まで作つてしまふ事になつたのである。余は流石トヨタだと思ふ。余はスリツパに履き替へなくてはならぬ処に靴のまま入つて注意されたりしながら見学を終へ家に戻ると小包が届いてゐた。既に開かれてゐて見ると本が十冊程入つてゐる。余の小説が出版されたのである。父が出て來て讀んだが面白かつたといふ。余は慌てて本を開き、昔書いたものが某出版社から余に何の断りもなく出版されたものであることを知る。其れも『奇術師』といふ、オリジナルとは全く異なるタイトルにされた上章立ても滅茶苦茶である。同じシリーズの他の作家の本も同封されてゐて、見るからに売れさうもない本なので余計にがつかりする。また封筒が添へられてゐて開いて見ると出版契約書が出て來て初版二千部とあり、余はそれで印税の計算をしてはじき出された金額で、尺八でも買はうかと考へてゐる。