井岡道安への興味

十二月二十日(土)陰後雨
鷗外が医師にして儒者であつた澀江抽齋に、自分の姿を重ねて興味を持つたやうに、余が井岡道安に關心が向いたのは、己の姿を其処に投影してゐるからなのであらう。全く無名でありながら、多方面に興味を持つて本業以外の分野で名が傳はり、しかも業績に比して禄が高すぎるといふ点で余にそつくりだからである。余の場合世間的に高収入とは言へまいが、仕事内容及び拘束時間から算すれば高給とは言へさうである。そして、本業の調香師としてはぱつとしないのに、趣味は茶花香、書竹、絵畫鑑賞と広く、さらに文章を書く事を好むといふ逸脱ぶりである。何十年も後に、ネツト上か何かで、余といふ無名の人間の存在に興味を持つ者が現れてあれこれ調べてくれたらどんなに嬉しからうといふ願望とともに、道安について調べてゐるのかも知れぬ。もつとも、今でさへ井岡道安に興味を寄せる者など余を除いてまづゐないやうに、何十年後かに余といふ人間に興味を持つ人など其の架空の人以外にゐない事はよく承知してゐるつもりである。