しやうざんさんざん

三月八日(日)陰
朝食は十七階の和洋食のバイキングで取り、荷物をまとめてフロントに預けてから出發。市役所前から地下鐡で太秦天神川に赴く。パリの美術學校すなはちEcole des Beaux-Artsの作品が展示されてゐるので見に行つたのである。壁面に飾られた作品に穴の開いた薄い箱が二つ付いてゐて鼻を近づけると匂ひがする。丁度作者らしい仏蘭西人の男子學生がゐたので話をする。テーマはコミユニカシオンださうで、香りの一つは余が作つたものであることを告げると喜んでゐた。折り返し二条に戻り、バスで鷹峯に向かふ。光悦藝術村であつた「しやうざん」を初めて訪ねる爲である。ところが入口と思つた處が拝金主義の権化東急グループのホテルになつてゐて背後のしやうざんに行く道がない。遠回りして行かうとするが入口らしき道はなく再びバス亭に戻て人に聞くとずつと下がつてから脇に入口があるといふ。實際にそれで行き着けるのではあるが、聞いた場所からすぐ傍を曲がればもつと早く行き着く道のあつたことを後から知る。道を尋ねた人が不案内不親切だつたのか、東急のホテルが出來たおかげで近所の人も入口がわからなくなつたかのどちらかであらう。とにかく再びえらく遠回りして「しやうざんリゾート」なる不思議な空間に入る。最初に目にするのは場末感の漂ふ駐車場と古いボーリング場の建物である。案内板に從つて進むと今度は安つぽいチヤペルと西洋風の建物が見えて來る。場内には結婚式場や料理店が点在するやうであるが、光悦村の後裔と思つて訪ねた者には何とも異様な印象を受ける。やつと庭園入口に到着。大正期に財界茶人を中心に開かれた「光悦會」で使はれた茶室や庭と思はれるが、庭は確かに素晴らしく酒樽の茶室なども面白く見る。梅は此処でもまだ三分咲きであつた。庭は成程立派なのに、周囲の建物や雰囲気との調和がない。安つぽいテーマパークのやうな造作に囲まれてゐるので、庭も損をしてゐる感じがある。リゾートと名を打つてゐるが、何をやりたいのか今ひつとコンセプトがはつきりしない。是なら椿山荘の方が全體の趣は余程優れてゐる。
庭園
茶室

酒樽の茶室
庭を一巡してから受付で教へて貰つた道を辿るとバス亭からすぐ近くであつた。しかし、バスは丁度出たばかりのやうで次は三十分後となる爲下り坂でもあり佛教大學まで歩き、其処からバスで千本通りを下る。出水で降りるつもりが今出川で降りてしまひ、止む無く場末の食堂で晝食を取つてから一度京都驛に戻り、百番に乘り替へて京都國立博物館に行く。新しく出來た名品ギヤラリーを初めて觀る。東博の東洋館を細長にしたやうな感じだが展示品は特に感銘を受けるものはなかつた。東博の東洋館の方が遥かに優品が多い。今日はまあ、輕い落胆の續く一日なのであらう。七条まで歩き京阪で三条に上り徒歩オークラに戻り、荷物を受け取つてタクシーで京都驛へ。予約してある列車より早い時間に着いたが見ると前の列車は皆満席なので予定通りの新幹線で歸濱。八時過ぎ家に着く。