戀仲未満

三月十日(火)晴
小劇場を兼ねた喫茶店のやうな店の中にゐる。中年に差し掛かつてはゐるがいまだに若々しさを失はぬ見栄えのよいカツプルがゐて、有名な演出家と女優であるらしい。わたしは二人のなりそめを知つてゐて、女性の方から猛烈にアタツクして結婚に至つたものと記憶してゐる。ところが、それとは別の説がある雑誌に載つてゐるといふ。しかもそれを畏友H本氏が古本屋で今買つて來たばかりだと言つて見せてくれる。わたしは何としてもその雑誌が欲しくなり、H本氏に譲つてくれないかと頼むと八百五十圓出せば譲つてもいいと言ふ。八百圓にまけられないかと訊くが駄目だといふので八百五十圓払つて手に入れる。さうして數人の同僚らしき人々と連れ立つて歩き始める。わたしと知り合ひの若い女性の二人が遅れがちになり、故意に距離を開けて二人きりになるとその女性がちよつと待つてゐてと言つて脇のビルに入る。何だらうと思つてゐると出て來た時は水着である。わたしに見せたかつたのだといふ。とても似合つてゐるよとわたしが褒めると彼女もにつこりと笑ふ。ビキニの肩紐が撚れてゐるので直すためにわたしの指が胸元に触れると彼女はくすぐつたさうにする。體つきも顔もわたしの好みだとつくづく思ふ。それから彼女はまた上から洋服を着て先を行くグループに追ひつかうと走り始める。わたしも走るが、まるでわたしが彼女を追ひ廻してゐるやうになるから走らないでくれと言つても笑つてとりあはない。仕方なく早く走つて後ろから彼女を抱きすくめる。彼女の肩から腕にかけての柔らかい感触が傳はり、このままでは道ならぬ關係になりさうだと手を離す。好きだからこそ此の關係の儘でゐようと思つたのである。