仕事

六月五日(金)晴後雨
轉居して荷物の片づけをしてゐると電話が鳴つた。取ると相手は英語でレブロン社のトニー・ローマ氏であるといふ。私の勤める會社と取引をしたいのだが、私に是非窓口になつて欲しいとの事である。そして、他の香料會社は二社すでに提案プレゼンを行つてをり、それを私の勤める會社もすぐにやるようにとの事であつた。電話を切るとすぐに今度はM事業本部長から電話があり、實は全く違ふ用件だつたのだが、私が最前の話をすると進めるようにとの事で、巴里のF社長に連絡せよとのことであつた。今度は私からF社長に掛けると、私が手掛ける事に大賛成してくれ、まずは巴里に來て準備をすると倶に、暫く滞在して調香もしてはどうかと提案してくれる。私も、今の上司のM所長は私を今まで一切海外に出さずに飼ひ殺しの状態であつたが、此の機會に仏蘭西の調香師に色々學びたいこともあり、半年くらゐは是非居たいと申し出た。そして、其の間に家内が旅行で來れれば一番いいと勝手な事を考へてゐた。
この夢から覚めて思つたのは、嘗てはM事業本部長もF氏も余に對して極めて好意的であつたといふことだ。今でこそ自分は彼らから歯牙にも掛けられない存在になり下がつたものの、昔は倶に會社の未來への希望を語り合ふこともあつたのである。それがかうなつたのは、自分のせゐなのか、彼らの判斷の結果なのかは分からないが、此の夢は自分が希望と野心を持つて働いてゐた頃の氣分を甦らせた點で、切なさを感じさせるものであつたのは確かである。