かをりをりのうた 1

十二月二日(水)陰後雨
今日から香りや匂ひを感じさせる和歌や短歌を取り上げ、其処に余の贅語を加へるといふ一種の連載を始めようと思ふ。大岡信の「折々の歌」に倣つて「香り織りの歌」と名付く。
記念すべき第一囘は塚本邦雄である。

夏過ぎてひらく希臘の春婦傳しをりうしほのにほひ沁みつつー「星餐圖」より

希臘の春婦とは、有名なヘタイラ(高級娼婦)であつたフリユネの、裁判にかけられて形勢不利な中みづから乳房を顕(あらは)にして無罪を勝ち取つた逸話を傳へるものであつたであらうか。春を鬻(ひさ)ぐ者の生涯を秋になつて讀む快樂のうしろめたさが、鋭く潮の匂ひを栞に感じとる。そしてエーゲ海のにほひとみづからの磯臭さが通底する。讀書といふ營みが嗅覚を喚起するのだ。實際に匂つてゐる香りだけを樂しんでゐるうちは本當の「香福」ではないのである。