送別會

十一月三十日(月)陰
夕方から都内に出て年末に退社することになつた仏蘭西人L氏が丁度國際會議で來日した機會を捉へての送別會に出席。十月に巴里に行つた際に世話になつただけに、急の退任にて驚く。執行役員だつたが解任だといふ。解任した當の取締役もしらつと出席して挨拶するのにも驚くが、結局偉くなる人たちといふのはそんなものなのであらう。ハンサムで女性陣に人氣のあるとても紳士的な人であったが、多少の失策があり、数年前から日本より送り込まれた刺客めいた副官が決定的な証拠でも見つけたのか今回の解任につながつたやうだ。この刺客の日本人といふのがまた實に嫌な奴で、自分にとつての損得でしか人を見ない余の最も嫌ひなタイプで、さすがにこの會には出席してゐなかつた。
ところで會の後半に差し掛かつた時デザートのケーキが運ばれた。それが四角いケーキの中に円形のL氏の寫眞がプリントされ周囲が花のやうなフルーツで飾られたものであつた。良かれと思つての事ではあらうが、それはまるで祭壇の遺影か欧羅巴の墓地にありさうな墓標にしか見えず、欧洲のことを知るものにはブラツクジヨークにしか見えず、笑つていいのか怒るべきなのか微妙な空氣になつてしまつた。
それにしても四十年程仏蘭西で事業を繼續して來た結果、其の間駐在した日本人も決して少なくはなく、此の場に集まつた連中も多くは仏蘭西で働いた事のある者だつた爲に、順に廻つて來るスピーチでも仏蘭西語で話すことが多く、決して流暢ではないもののこれだけ仏蘭西語を解する者が居たことに改めて驚かされた。繼續が生んだ珍しい光景であつた。