啓蒙と憂鬱

九月十八日(日)雨
灼熱の砂漠で国際会議が開かれていて私もそこに参加している。何か思い悩むところがあるようで、憂いを含んでひとり外に散歩に出掛ける。すると、外にはハイヤーがたくさん並んでいて、着物を来た若女将のような人が早く乗れと言う。会場までの乗り合いハイヤーらしく、乗るとすでに中年のサラリーマンらしき人が三人居て、皆が鼻を摘んでこっちに来るなという格好をする。香料会社の人間は香水臭いということらしい。香りに対する意識はこの程度であることを知った私は構わず乗り込み、そこで知り合った会社の重役たちに香水について啓蒙して、成り上がるきっかけを掴んだもののようである。その情報をつかんだ出版社の編集者が私にコンタクトを取って来た。彼は出版社の名を告げるが、私は「そこはエッチな本を出しているとこだね。二見書房に友達がいるからライバルだね」と言う。彼はちょっと困ったような顔をする。私は一緒に書店に入って自分の著作を買って渡して驚かそうとするが、置いていない。やむなく歩きながら話をするが、思いの外この男と気があうことに気づく。ところが、4時から教育学部4号館でフランス語の授業があることを思い出し、その後に飲みにいくことにする。連絡はどうするかと聞くと、さっき私が電話を彼の携帯に入れた際の番号が残っているから大丈夫という。じゃあ5時過ぎに電話を入れてくれと言って、私は学生でごったがえす早稲田の街を歩いて教育学部を目指すのだが、場所がまったく分からない。この辺だろうと入っていくと廃病院のような建物があり、しかもその先は行き止まりらしい。やっと建物の切れ間から抜けて広いところに出ると、目の前は茫漠たる湿地が広がっていて、はるか向こうに高層ビル群が見える。私はあそこまで走らなくてはいけないと思うのだが、そばに居た園丁のような初老のがっちりした男が、湿地は汚染されているから危ないと言う。私は最初の憂鬱な気分の訳をやっと知るのであった。