読後感

十二月十四日(水)雨後陰
原作漫画「この世界の片隅に」読了。素晴らしい作品の一語に尽きる。改めて、涙の浮かぶこと度々であった。映画ののんさんの声を思い出しながら読めるので、さらに胸に迫るものがある。すずさんという女性の可愛らしさは、日本人としての誇りであろう。
アニメ映画と漫画での得意な部分とそうでない部分がよく分かったのも興味深い。映画はカラーで、それはそれは美しい画面が続くのに対し、漫画は白黒だが、一方で独特の筆致の面白さを楽しむことが出来る。また、原爆や機銃掃射の音響は、映画館が新しいせいもあろうが臨場感があって圧倒されたが、漫画では当然音もなく、しかも少年漫画にありがちなオノマトペーのコトバを巨大に描くコマもなく、むしろ静謐ゆえに怖さが感じられもする。エンディングのコンテで示唆されていたものの、映画では大分省略されてしまっていたりんさんとすずさんとの物語も原作は丹念に描かれていて、周作さんとりんさんの思いがけない関係など、映画でも見たかったという気はする。二時間超で長すぎると判断されたのだろうが、あっという間に見終わった感じなので、もう少し長くても気にならなかっただろうとは思う。それ以外は、映画が思いのほか原作に忠実であることがよく分かった。逆に忠実過ぎて、原作を読まないと理解できないシーンもあったように思う。紅をさすところやそれを入れた小壺が割れるところなど、遊郭でのりんの友人とのやりとりを見ていないと意味が取れない。が、まあそれも仕方がないことで、あらためて映画も原作も素晴らしい作品であることが確認できた。すずさんを取り巻く人々のやさしさも胸に染みる。義姉も最初はつっけんどんだけれどやさしいところもあって、時代の犠牲者であることは確かだから、健気ではある。それから、結婚式のところは漫画の方が細かく描かれていて、特にすずが兄や親戚にだした葉書が素晴らしい。ささやかな式なのに、あれほど幸せそうに見える結婚式も珍しい。一方、漫画だと片隅の小さなコマに過ぎなかったものが、アニメだと同じ大画面なので印象が強くて面白く思えたところもある。たとえば、周作とすずが防空壕でキスしているのを周作の両親に見られて、夫婦の仲のええのはええ、と二組の仲のいい夫婦の中にあって義姉の径子がすねるところなど、映画の方がよく描けている。
終戦ですずがこんなところを見ずに死にたかったというシーンは涙なしには見られない。そこに渦巻く複雑で入り組んだ思い、戦中派の多くに共通するであろうこの思いを、今こそ「後の時代」に生れた我々は、自分のこととして思いみる必要がある。無念とか怨嗟とか、どんな言葉を使っても及び難い思い。一生懸命で普通で、愛おしいほど真面目な日々を生きながら、そうした思いを胸に持ち続けた人たち。戦後の日本はその人たちが作ったのである。