秘密の小部屋

十二月三十日(金)
普段着とは言えかなりワルっぽい恰好をした見かけない営業の男がO嬢と話をしていて、急に顔を近づけてから「シメは××だな」と言う。「何でわかるんですかあ?息嗅いだんですかあ?」と驚くO嬢。男は笑いながら、「この手の女子はだいたいそうだから」と言って、胸毛ののぞくはだけていたを胸元をジャケットのジッパーを上げて隠してから去って行く。顔をあんなにO嬢に近づけたことのない私は腹立たしい思いで、京王線千歳烏山駅で電車を待っている。新宿に行くつもりなのだが、急行に乗ったのに途中の待ち合わせで間違えて各駅停車に乗り換えてしまう。やむなく各駅の電車で座っていると、会社のフレーバーの人間が近くにいた。今は研究所長をしているYという男で、普段愛想のいい方ではなくあまり話したこともないのだが、このときは親しげに話しかけて来て、フレグランスとフレーバーでの香料単品の使い方の違いについて話をする。私は今は使えなくなったブロムスチロールの話をする。彼はそれをマリンと言うのだが、私は全くそう感じないが、敢て否定もせずに、それを使った香りのことなど話すうち新宿に着いたので別れる。それから私はかなりの時間歩き回った末に郊外にある西武線の駅前に出る。駅への入口の右側に建物があって、扉を開けるとすぐ階段になっており、昇ると駅前広場を望む十畳ばかりの部屋がある。誰も使っていないらしく、居心地がいいのでしばらくそこで休むことにする。iパッドを見たりして過ごした後ふと外を見ると道で猫が十匹くらい、それぞれが1メートルくらいの黄色い紐で遊んでいる。面白そうなのでちょうど通りかかった二階建ての市電に飛び乗ると、近づいてみたら猫だと思っていたのは猿であった。猿の群れを過ぎてから、荷物を部屋に置いて来たことを思い出し、市電を飛び下りて走って戻る。意外にも30歳くらいのように軽やかに走れるので気分をよくしてまたあの小部屋への階段を昇ると先に誰かいる。しかし、私の荷物を見て「お先ですね」と言う。「ええ、あなたもよくここを使うんですか?」「ええ、まあ」「ここ最高ですよね」といった会話を交す。男は別の階段から上がるもうひとつの部屋へと去って行き、私は大学の後輩の坂井とともにやれやれと座る。ところがテレビでかつて坂井が出演した番組が流され始めたので、坂井が「全部監視しているぞ、というメッセージでは」と心配し始める。私は偶然だろうと答えるが、今度は私の生き別れた息子の小さい頃のビデオが流れ始める。顔に傷を負ったいきさつを思い出して私は悲しくなる。すると、外から中年のおばさんふたりが入って来て図書館の探し物があると言う。私は今回は退去するが、この部屋はかならず自分のものにしてみせると決意するのであった。