速い呼吸

一月二十九日(日)晴
香道の家元の屋敷にいる。流派の重鎮や執事のような人たちに混じって、会社の海外からの客をもてなしている。何も知らない彼らは案内を受けて一応納得して興味深げな顔をしているが、私を含めて数人ははらはらして見ている。まったく説明になっていないし、香りを聞いてもらう用意も全くなされていなかったからである。しかも座敷には水が30センチくらい溜まっていて、私が直前に箒で掃いて何とかした程なのである。重鎮のひとりが、ここ一ヶ月以上全く香席も開かれていないと言う。それを聞いて私はついに、自分で家元になって新しい流派「道安流」を立ち上げることを決意する。周囲にいる何人かは私に賛同してついて来てくれる気がしている。私は自分のセンスで作法を組み立てられると思うと嬉しくてならないが、道具を揃えるのにお金が掛かるからパトロンを見つけなくてはならないなどと考えている。
ところが、そこから私は肝試しをされることになり、竹林の中を抜ける薄暗い道を通り抜け、ある場所を見つけ出さないといけないことになった。一度ざっと通り抜けてみたが見つからず、再び出発点に戻って二度目に歩きはじめて暫くしたところで、うしろから音もなく自転車が近づいてきて「この辺りだよ」と言って去るが、目で追うと5メートルくらい先で忽然と消えてしまった。ぞっとしながら横を見ると、さっきは気づかなかった更地があって、何やら妖気が漂っている。と目の前に急に黒い大きなものが現れて、それがどんどん大きくなってくる。恐怖に叫びそうになるが、目が覚めて夢だったことを知る。ところが、寝ていた部屋の天井にも得体の知れない黒いものが張り出して来て、私は思わず般若心経を読誦しようとするのだが「観自在菩」までしか言えずに舌がもつれ、しかも金縛りにあって身動きが取れないことを知る。恐怖がいや増し、やっとのことで寝床を這い出した私は、階段を降りて和室に行く。そこでは父がとんでもない寝相で寝ていて、横には母が電話をしているのかと見ると手に受話器はなく、受話器を手にした格好で座ったまま寝込んでいて、その横に家内が帯の上に着物のままで寝ている。私は家内を振り動かして起こすが、寝惚けているのかこれから散歩に出かけようなどという。私はとにかく怖くなってはあはあと浅く速い息を繰り返すのみであった。