イメチェン

四月二十三日(日)晴
パリのペリフェリック(環状道路)の先に出て、郊外に向かって歩きはじめた。というより、最初はローラーのついた事務用の椅子に座ったまま進んでいたのだが、さすがにまずいと思い椅子を押しながら歩くことにした。そうして歩きはじめると、すぐに何もない田園地帯になってしまった。向うから黒い服を着た高校生くらいの一団が来て、すれ違う時昔はこのあたりに日本の工場があったという話をしているのが聞こえる。私は行き過ごしてから、やはり自分も戻ることにして彼らの後を追う。市街地に入り、真っ直ぐに進む彼らと別れ横道に入る。場末のごみごみした通りで、小さな町工場や倉庫、廃墟となった学校のような建物が並んでいる。私は工場の敷地に入って次から次へと扉を開けて中に入って行き、裏庭に出たり、また違う建物に入ったりしながら当てもなく彷徨(さまよ)う。ユトリロの描くパリをもっと殺風景にしたような場末なのだが、それはそれで楽しい思いでいるのである。ところが、結局元の通りに戻った際に、自分が椅子を押していないことに気づいた。何処かに置き忘れて来たらしい。うんざりした思いで通って来た順路を辿らねばならないが、多分あそこだろうという見当はあった。それはさびれた娼館のようなところで、そのときは無愛想な掃除の老婆がいるだけだったが、そこに忘れて来たのは舞い戻りたい気持が隠されていたのだという気がしている。入って行くと案の定娼婦の部屋で、今度は小柄な女性がそこにいる。私はめざとく彼女の私物を納めた箪笥の鍵のところに「清水」と書かれてあるのを見つけ、そのことを告げると彼女は困った顔をする。その様子が可愛くて私は心を決めて彼女の着た男物の大きめのYシャツの前を開くと、生まれたままの姿の柔肌があらわれた。
次の朝、他の娼婦の客であった男たちもいる部屋で服を着ていると、そこにいたのは元の上司のMであった。私が素早く靴下を履くのを見て、自分は水虫なのでそんな風に靴下は履けない、ぼろぼろと崩れてしまうからだという。私は変なことを言うひとだと思いながらも黙って聞いていた。このまま会社に出ても絶対に遅刻だが、Mも同じだから許して貰えるだろうと考えていた。そして、研究に直行したことにしてその前に美容室に行くことにした。いつものMさんではない美容師に切ってもらったのだが、長髪がきれいなボブ状に切り揃えられている上金髪に近いカラーリングがされている。しかし、それが思いのほか格好いいので、たまにはイメージチェンジもいいかなと思う。というより、この姿を早く会社で人に見せたくなってきた。それで、支払いを済ませようとするのだが、財布の入ったリュックは預けてあるので出してもらうように頼む。ところが、人手が足りないのか中々出て来ない。頼まれた方も慣れないのか見当違いのバッグを持って来たりして埒が開かない。車での出社も考えながら、私はだんだんとヂリヂリして来るのであった。