八犬伝

七月二十七日(木)陰
日々暇を偸盗(ぬす)んでは読み継ぐものから、はや三巻に到りぬ。話は佳境に入りて、八犬士中六人(ろくたり)までがすがたを顕(あら)わし、筋の縺(もつ)れに因果の錯綜、読み進むごとに引き寄せられ、興趣は尽きず、時間は足りず、もどかしくも思われたり。朝晩の往来の車中、昼餉の後も微睡(ひるね)もせで草紙の頁を繰り、犬士の勇躍に心躍らせ、義なり忠なり孝なりに、命を賭ける殊勝さに、日ごろの憂さもどこへやらん、夏の暑さもあに苦しまんや、日々矢の如くに過ぎにける。しからば此の日乗も、途絶えがちなること已むを得ざらんか、忸怩と思えど如何はせん、書くより読むが勝ちたれば、馬琴が翁の手練れの文章、数かぎりなき伏線、意表をつく展開に、あえなくも白旗掲げざるを得ず。かのオロシア国に名を轟かす、ドストエフスキーとなん言える文人(ふみびと)の、小説(ものがたり)中の人物の、この世のものとも思えぬ長饒舌に、比肩(くら)ぶるほどの能弁多弁、そが語り口の、講談浄瑠璃聞くが如くに、驚くばかり耳に心地よければ、怪し、とまで思われける。室町の世に隠元あって黄檗の寺あり、また鉄砲あるも愛嬌なれど、そも僅(わず)かなる瑕瑾(きず)に過ぎず、後に残る七巻余をば、この夏かけて読み終わらんと、決意あらたにいざ紙面へ。