泥棒と修学旅行

十一月十日(金)晴
家のリビングで会社の元同僚らとくつろいでいると、廊下の外で物音がする。そう言えば一年前のあの音は何だったの?と客のK氏が聞くので、去年の忌々しい出来事を思い出す。私は念のため廊下に出てみると見知らぬ男が立っている。「何をしている」と声を出すが、ひるむこともなく突っ立っていて、続いて玄関から堂々と女が入って来る。見ればキッチンには7〜8人がいて勝手に料理を作っているのである。私は怒ってキッチンの扉を閉めて鍵をかける。そして、警察を呼んでと家人に言うのだが一向に電話をする気配がない。苛立って警察に電話をしろと言っているんだよ、と怒鳴るが、家内もキッチンに閉じ込めてしまったかも知れないと思い扉を開けると、案の定家内は紙袋の中のスマートフォンになっていた。私はそれを取り出し110番通報しようとするが、何度も押し間違えてうまく行かないのである。

屋根の上に出てテレビでオリンピックを見ている。屋根の勾配が急で、段々下にずれていき、上に戻れるか不安を感じ始めた。すると屋根の縁に梯子を掛けてよじ登って来た者がある。何をしていると聞くと、そこの病院に行くのに遠回りだからここを越えて近道をしているのだと言う。私は手首をつかんで警察に連れて行くが、落ちそうになっていた屋根からどうやって降りたのか不思議である。

営業の車の後部座席に座っている。助手席の男は完全に後ろを向いて喋りつづけ、運転席には人の姿がないので危ぶんでいたが、どうやら小柄な者が運転しているらしい。助手席の男はいきなり車内でバイクに乗り換えて外に飛び出して行った。すごいことをする人だと私は思う。車は駐車する場所を探して大きなショッピングセンターの建物の横を通って小さな橋を渡り、その先を左に曲がって私有地に入った。行き止まりになるが、すぐ横の道にはガレージがあって、そこにバックで駐車する。運転していた男が急いで缶ジュースを買いに行き、それを持ってガレージの奥に行き中国語で奥の家族に何か話している。私はこの光景を前にも見ている。仕事でこの辺に来たときは懇意にしている家族のガレージに車を停めさせて貰うことになっているのだ。今回は中から家族がぞろぞろと出て来る。中に小さな子どもを背負った若い母親がいる。その子どもが手に持った菓子を私にくれようとするのだが、母親はこんなものは大人は食べないといって止める。私は可愛い男の子だと思って、手に触れて笑いかけると男の子も笑う。出掛けるところらしく、私は母親に背負われたその子を後ろから支えるつもりで結局は母親と密着する形でついて行く。子どもはとても重く、苦労するのだが若い母親の首すじや肩や背を身近で目にしながら、そこから肌のにおいがするようで悪くない気分である。背負うと重くないかと聞くと、引き摺って歩くよりずっと軽いと言う。私はそんなものかと思う。

修学旅行でまずホテルに落ち着く。高校生から老人まで、様々な年代の知り合いが皆一緒である。自分の部屋にYさんが間違えて入って来たが、やがて間違いに気づいて去った。やっとここで間違いないと私も確信して荷物をおろす。荷物は多く、身の周りのものを片づけるだけでも時間がかかる。しかも私には仕上げなければならない仕事がある。ベダールさんに頼まれた、近代科学の誕生と東洋の科学思想をめぐる座談会の速記録をフランス語訳しなければならないのである。ホテルには備え付けのPCが置いてあったが、キーボード配列が違うのでこれは使えない。2頁分は出来ているが、電話をして4頁でいいかと聞くと、ちょっと考えて6頁にしろと言うのである。註釈をいろいろつけなければならないが、とても自分の手に余るような気がしている。そうこうしているうちに、部屋で夕食の用意が整い、岳父母を含めた家族や知人がすでにテーブルについている。今時の修学旅行は集合することもなく各自が勝手に食事をするものらしい。その後私は風呂に行こうとするのだが、いつものように、下着やら財布やらタオルを探して揃えるのに時間がかかり、もう出発する時間が近づいているのを感じている。