降板志願

二月三日(土)陰
バレエ「白鳥の湖」の主役を務めることになった。確かに、若いころ黒鳥役を踊った記憶はあるのだが、それもずいぶん昔のことである。逡巡する間に公演の前日になってしまった。公演といってももちろん素人バレエ団の発表会のようなものなのだが、出演者が集まって前日にミーティングを開いた。その席でわたしは思い切って、自分は踊れないので代役を立ててほしいと訴えた。そして、女性パートの人たちに、皆さんは一生懸命練習して来たのに自分は稽古を休みがちでほとんど練習をしてこなかった、申し訳ないと心から詫びた。わたしは代役の心当たりに連絡をして、それがもしだめだったらアドリブで踊るしかないと思う。女性たちの反応は冷ややかというより無関心に近く、むしろ準主役の新顔が実は子供の頃ここのバレエ団に居たことがわかったらしくその噂でもちきりだった。わたしはまずは参考としてユーチューブで男性パート主役の踊りを見ておこうとアイパッドを操作するが、なかなかうまくいかない。代役のあてが所属する三田村企画というプロダクションに電話を入れようとして携帯で電話番号案内に掛けようとするが、そもそも何番かわからない。となりで金田正一が携帯電話で話をしているのだが、相手が金田の言うことを聞き取れないらしく何度も言わされて怒って怒鳴り散らしている。その金田がわたしに番号案内は104だと教えてくれたのだが、104と押してもつながらない。隣にいたおばさんがそのスマートフォンなら4を押すだけでいいのよと教えてくれた。そうしてみるとつながって、三田村企画の番号をと言うと、オペレーターもそれは自分もぜひ知りたいなどと冗談めかして言うのだが、その後一向に番号を教えてくれないのだ。その間再びアイパッドでユーチューブを出そうとするが、キーボードがアルファベットで固定してしまい埒が開かないので家内に渡して、キーボード直して、それからスパッツも買って来てと頼む。わたしはアドリブでやるしないと思い始め、その場で踊り始める。ピルエットなどの回転系は何とかなるが、ジャンプ系がまるでだめで2センチくらいしか跳び上がれない。これは困ったことになったと困惑が深まっていた。