水曜サスペンス劇場

一月十一日(水)晴
空を飛んでゐると、会社の女性二名と見知らぬ男一人がわたしの蒲団を運んでゐるのが見える。かなり大きくて重いのか引き摺りながら狭い道を行くので路傍のポリバケツを引搔けて倒してしまふ。汚れては敵はぬと思ひわたしは上空から近づいて蒲団の尻を持ち上げて一緒について行くことにする。しばらくすると三人は立ち止まりわたしに気づいたやうで中の一人が「さうして持てばいいんですね」と言つて上空で片方の端を持つて歩きだす。自分はともかく彼女はこのまま行けば確実に落下すると思つて、わたしは建物から張り出したコンクリートの廂の上に着地し、そこから下に降りる。
着いた処は怪しげな地下室で、騎士をSF化したRPGの登場人物を実写化したやうな俳優たちが舞台稽古をしてゐるのだが、動きはバラバラで決めのポーズを取るところでは慌てて滑つて転ぶ者さへゐる。やがて監督が何事か言ふと全員部屋の片隅に置き物の態で静止し、部屋のソフアには中年の夫婦者とわたしだけが残る。旦那の方に誰かがマイクを向けると、自分は兄に養つてもらつてゐるので今まで金に苦労したことはないと言ふ。妻は旦那よりだいぶ若く、旦那の車を運転して支へてゐるといふやうなことを言ふが、実は夫の兄の愛人でもあるやうで、義兄の車では助手席‼などといふ声が掛つて紛糾したりする。
其の後わたしは会議室のやうなところに連れて行かれ、何人かのスタツフと合流する。手元に配られたプロジエクトのスケジユールの入つた資料を見ると某化粧品会社の名前が見え、やつとさういふことだつたのかと合点が行く。するとリーダー格の男が、自分は速水修一でわたしとは同じ大学の同学年で、ずつと一緒に仕事がしたかつたのだと語る。わたしには全く速水の記憶はないが、会社としてでなく個人として自分を選んでもらつたことは嬉しく思つてゐる。
わたしはすぐに現場に出るが、そこで色々奇妙な人たちで出会ふ。まずはフランス語を喋るブラジル人に行き会つて、旧知の人だつたので挨拶をし、何故か男同士なのに頬にキスをして体臭まで感じる。彼はパリ郊外の工場のプラントマネージヤーが一ヶ月で辞めてしまつたと愚痴めいて言ふので、わたしが競合他社に行つたのかと聞くと、さうではなくて近くの違ふ工場に入つたとのこと。それから頭の中でチエスをしてゐて話しかけると怒る老人とか、罰ゲームで何日もトイレに籠つてゐる人などに会ふが、とにかくわたしは工事現場に着いてチエツクを始める。するると、壁面に縦に走るワイヤーのジヨイント部のボルトが前よりも緩くなつてをり、しかも覗きこむと下の部分で切断されてゐることに気づいた。しかも、現場監督も工事の進捗で頭を抱へてゐるのがわかり、これは手抜き工事だと判断。何とか工事を中止させねばと思ふ反面、抜擢してくれた速水の事も頭を掠めて逡巡するが、やはり社長に直談判するより他はないと決意する。ところが、下の階に降りたとたん、急に体に異変を感じ、コントロールがきかぬまま磁石に吸い寄せられた砂鉄のやうにブリキのゴミ箱に引き寄せられ、体がぐるぐるとその周りを回り始める。わたしは通りかかつたスタツフに速水を呼んでくるやうにと言ふ。やがて回転が止まり、中に何があるか見てくれと傍に居た人に頼むと、丁度勝間和代が通りかかつて、ゴミ箱の中に入つてゐたプラスチツクの容器を取り出す。さらにそれを開けさせると小さな醤油パツクがたくさん入つてゐる。わたしはやつて来た速水に、ここは昔醤油工場ではなかつたかと聞くとさうだと答へる。すべてを悟つたわたしは速水に、プロジエクトは中止だと告げる。
其の後工事はやり直され、当初の目的とは違つた形で使はれることになつた。その開所式らしい席で、フジコ・ヘミングのやうな老婆が独特の口調で「普段は殆ど着ることもないやうな服を着ることが多かつたのですが、それを嫌だと思ふことはありませんでした。この広い空間を皆さんで活用してください」とスピーチする。遠くでそれを見届けたわたしは、静かに去つて行く。その後ろ姿にかぶせてエンデイングのテーマ曲、聖女たちのララバイが流れ始める…。
速水は元俳優といふ二枚目風の男だが、会話はすべて下ネタに落ち着く。わたしが「下ネタばつかりじやねえかよ」と突込むと、テレビの世界では下ネタをやるとすぐ批判されるので、ストレスで逆に普段下ネタばかりになるといふやうなことを言ふ。速水が其の後どうなつたかは杳として知れない。ちなみに最初に見たプロジエクトのスケジユール上の初仕事は早稲田通りにある養鶏場の庭の撮影であつたが、わたしは撮影に立ち合ふことはなかつた。