藤原行成

一月十九日(木)
講談社学術文庫藤原行成の日記『権記』の現代語訳が刊行中で余も中巻まで買ひ求めた。先年同じ訳者による道長の『御堂関白記』を読んで面白く、其処にも名が頻出した行成については、其の書への崇敬の念もあつて前から関心が深かかつたので、読むのを楽しみにしてゐる。同じ文庫で出てゐる『続日本後記』の現代語訳は酷評されてゐるやうだが、こちらの倉本一宏氏の訳文は、勿論原文に当たつてゐない以上評価は難しいものの、少なくとも日本語として分かりやすいものになつてゐると思ふ。『権記』に取組む準備といふ訳ではないが、今吉川弘文館人物叢書の『藤原行成』(黒板伸夫著)を読んでゐる。時代背景の復習を含め面白い。書では仮名書きの練習として伝行成の『関戸本古今集』をこの前買つて改めて其の能筆に驚嘆させられたが、誠実で有能な官吏としての行成の姿にも感動を覚える。政事の最中にあつて崩れゆく古代律令制の実情を痛感しつつ、世の無常を感じてゐたであらうこともよく分かる。余はひとつの時代の終りといふか、嘗ての強固な体制が崩れてゆく過程に生きる人々の述懐や思ひといふものに惹かれる質なのであらう。平安末期も室町期、幕末や終戦前にはずつと興味を持ち続けて来た。特に摂関期については、源氏物語枕草子の延長での華やかな宮廷生活や道長の栄華といつた、昔日本史で習つたやうなものとはかなり実情の異なつてゐたことが、道長の日記を読むだけでも明らかであり、興味は尽きない。触穢と浄土思想といふ或る意味正反対の宗教観念が同居してゐたことも余にとりては不思議でならず、少しでも彼らの内面を知りたいと思ふのである。
それにしても昨今の講談社学術文庫の充実ぶりは目を見張るものがある。今年は『室町時代の一皇族の生涯』『中世武士団』と続けてお世話になつてゐる。原本刊行時には高くて買へなかつた本が多いのも嬉しい。もつとも古本であれば今では文庫の新本より安く手に入ることもあるが、本棚のスペースや通勤時での読書を考へるとどうしても文庫に手が伸びる。同じ様に少し前の名著を文庫化することの多いちくま学芸文庫も一時は良いと思つたが、ぶれのない方針による書目の選定といふ点では学術文庫に軍配が上がる。いずれにせよ学術学芸ともに岩波文庫から最近出る青版よりは読みたいと思ふ本が多いのは大方の読書人の実感ではないかと思ふ。岩波文庫の呪縛から逃れられてゐないのかも知れないが、学術文庫の青の背の方が学芸文庫の白より高級に見え、さらに岩波の青版の方が高級に見えるといふ事はいまだにあるのであるが。

[乞子漫筆]ダル、テキサス
ダルビツシユのテキサス・レンジヤーズ入りが決まつた。テキサスと言へばブツシユである。ブツシユと言へば石油である。ダルビツシユの名は油、ではなかつた有である。父親はイラン人である。そのダルがテキサスに…。どうも裏に何かありさうに思へてならない。石油とアメリカとイラン。元の球団が日本ハムといふのも出来すぎてゐる。日本とハム語族。六年間の契約金六千万弗といふから、そこそこの規模の会社を十分に買へる。
ところで、ダルビツシユといふ名前、ヤンキースタジアム辺りの口汚いフアンから、ダル・ビツチなどと野次られないかと心配してゐる。You, Dull-bitch!などと呼ばれないといいのだが。それにしてもイチローとの対決は今から楽しみである。