今年の桜

四月十二日(木)晴
家から駅に向かふ川沿ひの道に並ぶ桜はまだ散らずにゐて朝晩目を楽しませてくれる。今年は開花が遅れると思つてゐたら、大風の吹いた後に急に開いたせゐか思ひの他花持ちがよくていつもの年より長く満開が続いてゐるやうである。散り始めてはゐるが桜吹雪といふよりは桜の淡雪、春の風花の如き風情があつて、枝にも花はまだたくさん残つてゐる。ただ、よく見ると朝に花の落ちた小枝の先に帰りには葉が芽吹いてゐたりと、今更ながら植物の成長の力強さに驚かされるのである。
桜は、見る人の心のさまがそのまま映し出される花ではないかと思ふ。心細く悲しみに沈んでゐる時は眩しいほどに美しく、明るく元気な時には派手やかではあるが淡い背景に遠のく。不思議なのは忙しいのか興味がないのか、道行く勤め人の多くが桜に目を遣ることもしないことである。心の虚ろさか、或いはある程度の気持ちの余裕と穏やかさが、桜を愉しむのには必要なのかも知れない。概して年寄は桜に目を細める。此処数年余は梅や桜を待ち侘びずにはをれない心の虚ろや渇望を抱へてゐた気がするが、今年はどうやらほんの少し穏やかな気持ちで桜を眺められたやうに思ふ。