中宮彰子

四月二十四日(火)晴後陰
定時退社。帰宅後尺八練習。大和樂、松風、越後三谷三回、布袋軒鈴慕、阿字観を吹く。夕食後『紫式部日記』読了。但し、角川ソフイア文庫のビギナーズクラシツクスといふシリーズで、現代語訳がついてゐる上全文ではないのだが、説明がくだけてゐながらそれなりに詳しく、古文から遠ざかつてゐた身には現代語訳を読んでから原文を読むと分かりやすいので助かる。同じシリーズの枕草子徒然草も買つてある。今後古典古文に再び親しまうと思つてゐるのでまずは入門編である。
大学に入つた時、二年次からの専門課程を選ぶに際し余には三つの選択肢があつた。即ち文芸専修をとるか仏文か、或は日本文学を専攻して古典文学を学ぶかで迷つたのであるが、結局フランス文学に進んだ。フランス文学は一生を捧げるものにはならなかつたが、就職してからパリに住めたのも一端は仏文出のお蔭もあるから後悔はしてゐない。それに、この先古典を再び読まうとするのは「文学」的な興味といふよりは、日本そのものを知るひとつの手立てであり、歴史や文化史からの視点が大きなものになつてゐるし、そもそも学部の専攻などは其の後の人生や読書の中で大した意味は持たないだらう。ただ、浪人時代には日本古典文学大系源氏物語を原文で通読して、古語で会話をする夢まで見てゐた程に、日本の古典文学に関心が高かかつたのは事実で、実に三十年ぶりに古巣に戾つて來たやうな懐かしさは感じるのである。
もつとも、恋をしたこともない二十歳前の余が読む源氏と、五十の今の余が読む源氏とでは、視点も読み取るものも随分と違ふのではないかとは思ふ。少なくとも、現在の最大の関心は一条帝時代の日本文化の粋を全体として把握して賞味したいといふところにあるから、女流の随筆・日記・物語・和歌だけでなく、当然公卿たちの日記や漢詩、史料の類も視野に入るし、有職故実は勿論当時の宗教観、特に穢れを中心とした神祇思想にも格別の興味がある。実際、グレゴリオ暦一千年を挟んだ数十年に関して、日本人は驚くほどの史料や書物に恵まれてをり、日々の暮らしぶりまでかなりの精度で垣間見ることができるのである。それらを響き合せることで、当時に生きた人々…一条天皇であれ藤原道長藤原行成紫式部清少納言といつた人々の内面に少しでも迫りたいといふのが、余の望みであり、其の背後には室町以降の日本の文化と何が異なり、どこが通底するのかを知りたいといふ気持ちがある。
光源氏の恋や境遇に憧れることもないし、雅な生活に胸躍らせる訳もない。日本語の彫琢といふ意味では源氏物語の文章に対する興味はあるが、それよりは源氏物語を史料・資料として読み込むことで、当時の人々の感性や思想の総体を知りたいといふ欲望の方が強い。さう簡単なことではないだらうが、定年までと区切つてもまだ十年近くある。焦らずに読んでいきたいと思つてゐる。